夜桜と猫
No.16 Each expectations
「・・・・・・・。」
「・・・いい加減、諦めたらいかかですか。」
「何をだ。」
「言うまでもなく。」
ぶっすうとした顔のマスター。
容姿の整っている奴は何をやっても許されるだなんて、なんて理不尽な世の中なんだろう。
大体、口では解ったようなことを口走ってしまったが、私だって今回のことについては納得行っていないというのに、どうしてこうやってマスターを説得しなければいけないのか。
あぁ、この世はなんて理不尽な事で溢れているのだろう。世を儚んで出家しそうである。元より戸籍すらないけれど。
・・・まぁ、どうしてかなんて問われれば答えは1つしかないのだけれど。
もう一方の答えなんて示された日にはそれこそコードレスバンジーでもしてしまいそうだ。誰が可愛い愛娘を浚っていく狼の援護なんてしようか。寧ろ後ろからズドンである。
今の私じゃお空の彼方から落っこちたって無傷でいられる自信があるけれど。あいきゃんふらーい。
「桔梗本人が決めたことなんですから、認めてあげましょうよ。」
そう、自分自身にも言い聞かせるように。
「フレンドの言う通りですよ、マスター。娘の旅立ちをきちんと後押ししてやるのも親の立派な勤めです。」
というのはレイ。
他人の家だが、この部屋には私とマスターしかいないので、今は猫の人形である。
うなだれたマスターの肩に乗ってポフポフと頭を叩く姿はちょっと可愛いというか、微笑ましいものを感じるな。
お姉ちゃんになっちゃってー。
うん・・・レイにとってはマスターが親のはずだけれど。
全く、この男は子どもみたいに駄々こねて・・・。
私もちょっと駄々こねたいわ。
「よりによって・・・。」
「ゾルディックなんぞに大事な娘を嫁にとられるとは思わなかった・・・。」
はぁ、と私とマスターの溜め息。
夜桜と猫
No.16 Each expectations
「・・・・・・っ!!」
窓の外ではこんな環境下の中でも関わらず、逞しく生きる小鳥たちがチュンチュンと鳴いている。
青い空、白い雲、昨日見た天気予報じゃ一日中晴れの洗濯日よりだなんて言っていたはずだ。
爽やかな朝。
だと言うのに額から頬にかけて流れるのは冷ややかな汗である。
思わず布団を握りしめて荒い息を繰り返した。
おおお恐ろしい夢を見てしまったぁああああ!!!!
ああああろうことか、桔梗とシルバの披露宴の夢を見てしまった。
なんて夢見の悪い。寝起き最悪だ。あまりの悪夢に泣きそうになった。あぁ、寝汗で濡れた体が冷たい。
ウェディングなドレスを着た桔梗が出てこなかったのがせめてもの救いだ。これでもし出てきたりしてしまっていたら自分の妄想に絶望して立ち直れないかもしれない。
それもこれも。
全ては数年前からさも当たり前とでも言うようにうちに飯を食いにくるシルバと、週一くらいの割合で「デートなの。きゃっ」とばかりにうきうきとめかし込んで出掛ける桔梗の影響である。
いってらっしゃい、と笑顔で送り出しつつも心の中はデンジャラス。もしや暗殺一家に嫁ぐ気じゃなかろうなと冷や冷やものである。原作フラグなんかいらない。ノーサンキュー。
私はそんな状況にいるのだが、マスターとレイなんかは落ち着いたものである。
「桔梗ももう12だからなぁ・・・」
「まぁ、自分のことは自分で決めるようにならなければいけませんし。」
「俺としてはの方が心配だけどな。」
なんてレイと言葉を交わすマスターは確か数年前は桔梗を嫁に出すくらいなら一緒に死ぬとかヤンデレ発言までかましてドン引きされていたはずなのに一体どうなってんだこんちくしょう。
赤面してチラチラとこちらを伺いつつも俺なんかどうだ、なんていうくらいならばそんな性格に合わない冗談を無理して言わなければ良いのに。マスターも困ったものである。全然面白くない冗談ほど面倒くさいものはない。おまけに余計なお世話である。ばか。
マスターは夢に見た通り、私と同じく慌てふためき、新郎に闇討ちをかけるくらいはするんじゃないだろうかと桔梗が幼かった頃の親馬鹿ぶりを見ていたら思うのだが、何がどうしてそうなった。
「桔梗は押しが強いですから、邪魔者を排除してくれると考えたようですよ。」
ベッドの中、ふもふもの手触りが気に入ってつい奮発して買ってしまった羽毛布団。そこから猫の人形が眠たそうに眼をこしこしと擦りながら、もぞもぞと這いだしてきた。
「おはよ、レイ。」
「おはようございます、フレンド。」
こつん、と足に感じた衝撃に苦笑しつつも、その小さな体を持ち上げて膝の上に乗せた。
お腹に暖かな温もり。
「眠い?」
「だいじょぶです。」
舌っ足らず。
昔からレイは寝起き可愛いなぁとか思いながらも時計を見れば、まだ朝の5時。そりゃ眠いわな。
「もうちょっと寝る?」
私の問いにふるふる、と首を振ってぽけっとしながらもごにょごにょ言うレイ。
たぶん「早起きは三文の得」って言いたいんだろうなぁなんて端々から聞こえた単語から推測する。
そんなことを言いつつも、膝から降りようとはせず、私のお腹にもたれ掛かってうとうとしている存在に思わず口角が上がった。可愛い。
そんなレイの頭を撫でながらも考える。
(“邪魔者”って誰のことだ―――?)
寝起きの働いていない脳みそで聞くにしても、なんとも物騒な言葉である。
◆
「うっそ!じゃあまだに言ってないの!?」
「あー・・・言ってないというか」
「言う度胸がないのよね。」
ぐ、と言葉を詰まらせるウィルに桔梗は溜め息を吐かずにはいられなかった。
全く、この男はのこととなるとどれだけ頼りなくなってしまうのだろうか。
シルバ・ゾルディックがこの家に通うようになってから、―――に会いに来初めてから、実はもう既に4年はたつ。
イコール、この女をとっかえひっかえしていた男が年甲斐も無く初恋に目覚めるとかいう青春真っ盛りなことをやってのけてから、早くも4年がたつわけだが。
事はいっこうに進まない。何が?決まっている。ウィルとの関係が、だ。
最初のうちはシルバの方がの気を引こうと画策していたようだが、いつまでたっても一向に気付かないや、鬱陶しい妨害に加え、陰湿な嫌がらせをしてくるウィルに辟易したらしい。
シルバだって一度に伝えたことがある。付き合ってくれ、と。
桔梗もその場に居たからその言葉は聞いたし、それにがどう返したのかだって知ってる。
漫画のような展開に、こんなことが現実に起こり得ることなのかと思わずポカンとしたことを思い出す。
はいつも自分を常識人だと言い張るが、さすがアレは無いと思った。
「いいよ。どこに?」
である。
場所が食卓を囲んでさぁ今からご飯ですよ、という何ともそういうムードではなかったこともあるが一応、彼は彼なりに頑張ったはずだったのだが。
―――そもそも。
にとって、シルバは“そういう”対象にはどうしてもならないのである。
なり得ない。
彼がが居た世界の漫画という架空上の人物だったということもある。
だがしかし、自身もこの世界の住人と化している今、それはあまり意味のないことで。「あ、そういえばそうね」という具合。
数十年、この世界で生きてきて、この世界のものを着て、食べて、人と交流して。それでいつまでも、私はこの世界の人間じゃないから、と言うような性格でもない。要は肝が座ってしまったということだ。
それよりも大きな壁がシルバとの間に聳え立っているのである。
「あんまりウジウジしてると、他の男に取られちゃうわよ?」
「それはないな。」
「あら、何故?」
「はあんなのだが一応常識はある。何よりショタコンじゃないからな。」
ウィルに常識がどうこう言われるとは世も末であるなんて考えたのはどこのどいつか。
確かに、は外見はレイとリンクしていようがいまいが一応は十代ではある。だが、中身はというとそんな青春時代はとうの昔に過ぎてしまった女性なのだ。
外見年齢に見合う男に言い寄られてもそれは、近所の子どもや甥などに「俺が大きくなったら嫁にきてくれよな!」と服の裾を引っ張られながら言われる感覚。
あーもう可愛いなコイツ、と思うだけでそこに恋愛感情は介在しないのだ。
娘として育てている桔梗の悪い虫にはなれたとしても、自分に言い寄る男になどなりはしない。
それは当然といえば当然で、必然ですらあった。保護者が被保護者に抱くのは愛情は愛情でも家族愛に近い。
「そんなこと言って、いつまでもたらたらしてるからいけないのよ。」
「・・・桔梗、お前最近うるさいぞ」
「なによ、マスターが悪いのよ?シルバったらまだのこと気になってるみたいなんだもの。」
全く、未練たらしいったらないわよね。さっさとマスターがを捕まえてくれれば話は早いのに、いつまでもたらたらしているんですもの。文句の一言でも言いたくなるわ。そうでしょ?
はふん、と溜め息を吐く桔梗に、ウィルは返す言葉もなかった。
「・・・・・・・。」
年下に横からかっさわれることはないにしても、が誰にも捕られないということはないのである。
―――それでも。
まだまだ時間はたっぷりある。これまでもそうだったように、これからも。
彼女の暖かな空気に包まれながら、少しずつ、自分の気持ちを伝えていければ良いと思うのだ。
Oh, What a stupid thought.
(嗚呼、なんと愚かな考えか。)
◆
時の歯車は回りだす。
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