夜桜と猫

15 A movie



月日がたつというのは、早いものである。

私がこっちに来てから、レイと出会ってから、マスターの処に転がり込んでから、桔梗を拾ってから。
様々ないつから、があるけれど。まぁ、往く年来る年。
よく考えてみれば、こっちに来てから10年以上がたっていました。

と、いうことはえーと・・・なんて考えだすと鬱になりそうなのでスルーすることにした。

いやぁ、マスターも年くったなぁ・・・うふふ・・・。

・・・確かマスターとフレンドって同年代でしたよね。

・・・言うな、レイ。私は見た目は10歳児だ。


















夜桜と猫
 No.15 A movie


















まず、シルバへの説明。

何の、って10歳児の私と、01フォルム、そして私自身の18歳の姿の関係性について、だ。もう姿が三種類もあるだとかいう状況だと自分でも訳が解らなくなってくる。ある時は幼女、またある時は念人形、しかしてその実体は、ってどこの魔法少女だ。

01フォルムと18歳の時の姿は眼の前でチェンジしてしまっているので今更って感じだし(というか説明しろと言われても私がよく理解できていないのでできないしそこはもう空気を察せって感じで)、なんかまぁシルバも聞いて来ないのでいいかなとか思ってる。きっと空気を察してくれたに違いない。うん。

問題は10歳児の姿だ。

ここ最近、3日に1度はやって来たりするどこぞのお坊ちゃんのおかげで、レイは若干引き篭もりになりがちだけれども、いつ10歳児の姿でコンニチハするかわからない。
というか、彼がうちに来始めてから結構たつけれども、未だ出くわしたことが無いということが異常と言えば異常なのだけれども。(なんだかレイの察知能力がだだ上がっている気がする。これは良いのか悪いのか。お姉ちゃんは人見知りが激しすぎやしないかと心配でなりません。)


・・・あんまり関わりたく、ない、んだよねぇ・・・。


ただでさえ、世にも有名でいらっしゃる暗殺一家様だし。
ブラックリストハンターとかわさわさ釣れそうだし。(恐怖だとしか言いようがない。)

彼が知らない姿で逃亡できたらこれ以上とない強みじゃないか?
10歳と18歳。そりゃ、私は私なわけだから似ているけれども、まさか同一人物だとは誰も思わないだろう。なんたってサイズが違う。どこぞの小学生探偵のようにホイホイ縮む人間なんてそうはいないだろうし。


よし、それでいこう、黙っておこう。だって逃げるが勝ちだもの・・・!



・・・なんて思っていた私、ナイス!

思わず心の中でブラボーと叫びたくなった。心の中で。
体現しちゃうとただの変な人になるので、良い子のみんなは注意しましょう。



「・・・・・・・わーお。」



誰がこんな状況を想像できただろうか。
いや、誰もできやしない。(反語)
というかしたくない。(否定)


時刻は午後3時過ぎ、私はこの世界に来て、本当に久々に映画を見て、今は映画館の近くにあったカフェで優雅にコーヒーなんぞを飲んでいた。

何故映画か?

珍しくマスターに誘われたりしたからだ。

何故誘われたか?

マスターがタダ券を貰ってきたからだ。
湯水のように金を使いやがってくれるマスターにこの10年間程、そりゃもう口をすぅっぱくして節約の素晴らしさについて語ってやったので、せっかくのタダ券を捨てるだなんてことは許されない行為なのである。

件のタダ券は1枚。名称、親子ご招待ペアチケット
何故か映画は今話題の恋愛もの、という激しく矛盾を感じざるを得ない内容なのだが、まぁ、日曜の朝にやっていそうなアニメの映画よりはマシだろうということにした。でないとこの世界の情操教育を疑いそうだからだ。

で、

親子かぁ、桔梗行く?と愛娘に声をかけたら行かないとそっけなく一言で返された私、母親歴10年くらい。反抗期かしら・・・。
いそいそとおめかしして出かける桔梗の後ろ姿に涙が出そうになった。

そんなわけで、哀愁漂わせていた私なのだけども、先にも言った通り、せっかく貰ったタダ券。
無駄にしてはバチがあたると仕方がないのでマスターと出てきた次第である。(マスターが仕方がないってなんだ、そもそも券を貰って来たのは俺だぞ!とかなんとか言っていたが無視をした。何故ならマスターってば今流行りのヘタレだから。)(違うわ!)

映画は良かった。
人気俳優と女優の共演だと話題になっていただけあって、なるほど演技もうまかったし、ストーリーも中々感動できる話で、これでカップルで見に来ていたら良い雰囲気の一つや二つ生まれたんだろう。

だがしかし、だ。
私の今日の相方はマスターであり、10数年も一緒に居て、浮いた話もなければもう察してほしい。
おまけに、親子ペアご招待だ。どうやったらそういう雰囲気になるのか逆に聞きたい。

まぁ、それでもマスターは中々にこういうのに弱いらしく、やたらと感動したようで上映中にはぎゅっと手を握ってきたし、終わった直後は泣くのを耐えているのかなんなのか私が知ったことではないが顔が真っ赤だったし、今なんて「ちょ、パンフレット買ってくる。」と心ここにあらずな感じで猫人形のレイを引っ掴み売店の方に脱兎の如く走って行ってしまった。
まったく、西洋人風のいでたちで一見クールなホスト風なのに、感動屋さんである。
ハタから見れば親子券を使うために久々に10歳児の姿をしている私とだなんて不自然極まりないだろうけれど。
マスターも大概外見年齢不詳の超若づくりだがそれにしたってロリコンだろう。かわいそうに。

っと、現実逃避故に色々と無駄につらつら回想してしまったが、そんなことは今はどうでもいいのである。

前方の、テーブル。
今日も今日とてフリフリヒラヒラのドレス姿の後ろ姿をどこかで見た気がするのは気のせいだろうか。
というか今朝、家で悲しみに暮れながら見た気がするのは気のせいでしょうか・・・っ。
ちゅーっとオレンイジュースらしきものをストローで飲む彼女はうちの可愛い愛娘さんじゃないかしら・・・!

ガタガタガッタンと机を抱え込んで、その後ろ姿を思わず注視してしまった。
このカフェは本当に映画館のすぐそばにあって、まぁ普通に入れないこともないのだが、そのほとんどが映画帰りとか、今から映画見に行くんですっていうお客で。

あれれ、桔梗さん?
あなたはどうしてこんな処にいるのかしら。
お母さんの誘いをあっさり全く悩むこともなく蹴ったっていうのにどうして此処に居るのかしら・・・!
デート?デート!?

ど こ の 馬 の 骨 と だ !



「シルバ!こっちよ、こっち!」

「悪い、待たせたか?」

「いいえ、全然!」



・・・・・・・・・・・・・・きゃー。何処ぞのお山の未来のパパさんじゃないですかー・・・。きゃー・・・。

げふんごふんと思わずコーヒーが逆流した。
え、あれれ、あれれれれ・・・!?そんな、漫画とかでよくある彼氏彼女みたいな会話するだなんて、そんな、え、えぇ、フラグ?ラブイベント進行中ですか!?いーやー!

目の前の信じたくない、誰か嘘だと言ってくれな情景に愕然としていれば、バチコンとシルバと目が合ってしまった。
(まぁ、さっきから驚きのあまり凝視してしまっていたので当然といえば当然なのかもしれないけども。)



「・・・・――?」

「(・・・すいー)(きょろきょろ)」



目があったシルバの瞳が見開かれて、?とか私の名前を読んだ気がしたなんてきっと気のせいさ。
だって私は10歳児!

パパまだかなー、あ、このお店ケーキのテイクアウトもできるんだーすごーい、後でパパにお願いしてみよー。と、物珍しげにキョロキョロと店内を眺めている子どもに・・・きっと見えないことはないはず。
ゆっくりと視線をはずして、べ、別にあんたのこと見てたってわけじゃないんだからね!とかツンデレみたいだが心の中で唱えた。

とりあえず、マスターにレイ、パンフレットなんてものはどうでもいいからさっさと帰って来なさい。











It's a strategy meeting.
(作戦会議だ。)


















ヘタレとはなんですか、というレイの問にこの目の前の男の想い人は、へなちょこで情けないマスターみたいな人の事よ、とにっこり笑顔で答えた。
なるほど、とレイは個室トイレの壁に額を当てて身悶えている自分の創造主を見て頷いた。

ゾルディックの子息とやらが家に来るようになって数年、マスターは変わった。
それはもう天と地ほどにガラッと。
何が変わったかなんて、外からは全く解らないが(年をとっても外見が全く変わらないという点についてはフレンドがあいつは人間じゃないんだなんて零していたけれど)、彼に作られた自分には、変わる前の中身を少しでも知っている人間ならば、その変わりようにすぐに気がついただろう。



「あー・・・ダメだダメだ・・・」



自分を否定するようになった。
(前はこれでもかと言うくらいに自尊心が高くて他人に否定されようものならば激高したというのに。)

(それは自分を省みることができるようになったということで。)



「くそ、暑い。」



顔を真っ赤に染めて、シャツの胸元を掴む姿は純情な少年のよう。
(昔からスレすぎた、流星街の大人には感情が無いのかとまで言われていた子供だったのに。)

(感情が生まれた、のでは無くて感情を出せるようになったのだろう。それほどに彼女の存在は大きい。)



「えーと、なんだったか。次は・・・・」



ジャケットの胸ポケットから一枚のメモを取り出して、ブツブツとこれからの行動を確認する男は本当にあのウィリアム=ルシルフルなのか。
(今まで何人もの女を手玉に取り、数え切れない程の女を泣かせてきたというのに。)

(そんな人間こそ、本気になった時に困るのだというのは昔検索をかけた小説の一節だったか。)



「あー、違う違う、なんだ、ああもう・・・」

「マスター、せっかく映画会社にコネクトとってタダ券まで捏造したんですからちゃんと活かさないと。」

「あぁ、あそこの会社は色々と焦臭い所があったからな・・・少し話せば解ってくれる社長で良かった。」



なんてニヒルに笑うマスターの捏造したタダ券が親子ペアチケットっていう所で
既にテンパっていたのだろう。真顔で。
向こうもそれでいいのかと確認してくれれば良かったのに。





マスターがに恋をした。
たぶん人生初めての、遅すぎる初恋。

ゾルディックの少年にとっては邪魔でしかないだろうが、幸か不幸か、彼が気付かせてしまった恋だ。

遅すぎた初恋は、それ故に相手に伝えることすら難しいけれど。

おまけに手を握っただけでも真っ赤に染まり上がるくらい初な少年のようだけれど。



―――どうなることやら。



溜め息を吐きたくなるような、笑いたくなるような。

とりあえず、を泣かすならば誰だって、例え創造主ですら許さない。


レイは落ち着かせるように、その小さな手でウィルの背を撫でた。






2009/11/27