月に叢雲 花に風

ススム | モクジ

  act.1  






其処は暗雲立ち込める某県某所の遊園地内。

某がやたらめったら付くような、別に他県に誇れるようなもんは強いて言っても無いような極々平凡で、何も無い其処で。
彼女は今日も


「次!次アレ行こう!よし決定!ついて来い!」


俺について来い!と言わんばかりに年甲斐も無く・・・げほごほ。
元気に、駆け回る。

千葉にあるくせに東京とか名乗ってる黒いネズミさんとその仲間たちのアジトとは違い、雨ともなると滅多に人も来ない田舎の県の遊園地。

人は少ないが昼まで降っていた雨のせいで空気は少しジメジメとしていて、歩くと水溜まりの水が跳ねたりなんかして。
ヤダなぁと思いながら歩く人とは打って変って、彼女は雲の合間から覗く太陽のように、「やっべ人少ないね!貸し切り!?」なんてそれはもう楽しそうに、当遊園地一番人気の巨大な輪をグルグル回るジェットコースターに然と走っていく。
その後ろ姿を見ながら、「ガキかお前は。」と同伴同年代の友人がいつものように溜息を吐きながら付いてきた。

なんだとお前、せっかく遊園地に来たんだから幼少に還って遊ぶが吉!
テンション上げろー!














月に叢雲 花に風 act.1












・・・困った。

物凄く困った。

本気と書いてマジと読んでしまうくらいには、いや、それ以上に困った。

別に今日の夕飯何にしよっかなー。とか雨続きって殺意沸くよな、溜まっていく洗濯物に。とかそんな所帯じみたことを考えているわけでは全くない。
だってまだまだ花の女子高生。
朝からスーパーの折り込みチラシ見るのが日課とかそんなことゼンゼンナイヨ。
うん、きっと、おそらく、I will。

いかん、久々の遊園地にテンション上げすぎたか、何なのか。

困り申した・・・。

遠い彼方に視線を送る。

気分はバカンス中に船が難破して無人島に辿り着いたとかそんな感じ。
いや、バカンスとかそんなもの知らないけども。
普通に夏休みーとか言うけども。
なんだバカンスに船ってセレブか厭味か!

と、あまりの混乱状態に激しくくだらない脳内突っ込みを展開した。

落ちつこう、と思う。
こうやって脳内ワールドを展開していてもどうしようもないことが先ほど判明してしまったわけだし、なんか時間の無駄という気がヒシヒシと感じる。
嗚呼、無情。

大きく、深呼吸をしてみた。
なんとなく落ち着いてきた気がして、正常方向に頭を働かせようと必死になる。
キョロキョロと視線をうろつかせて。
はて、と首を傾げる。

此処は何処?私は誰?

なんて、今の心境を臆面もなく吐露してしまえばこんな感じ。

とりあえず、まず初めに・・・もう一度大きく深呼吸ー。
大きく息を鼻から吸ってーゆぅっくり吐いてー。なんていう小学生の時によくやっ・・・やらされたラジオ体操のおじさんの声が耳に甦る。
それにこんな状況だというのにニヤけてしまう自分の極太ロープのような神経に苦笑しながらも・・・あ、そうそうあれもやってみよう落ち着くかもー。なんていう思いつきのままに実行に移す。

すっーはーすっーはー・・・ひっひっふーひっひっふーひっひぐぇがほごほごほっ!

いかん、調子に乗りすぎた!
変なところに入った空気の苦しさに目に涙を浮かべつつ咳き込んだ。
ラマーズ法(だったっけ?)には無理があったみたいだ。
妊婦さんとかこれで落ち着いてるからいけるかなと思ったんだけどバカァ全然いけなかったよ!
くる、くるしっ!数秒前の私のバカァ!

おおお、思いつきのままに行動してはいけません・・・。

ちょっと大人になった気がした。

はーっはーっ・・・。
よよよし、気を取り直して。
何事もなかったかのような顔をして辺りをもう一度見まわした。

なんかさっきもやった気がするけど、再確認。
つーか認めなくない再確認。

・・・はーい、右見てー、左見てー。

右!

木。

左!

木。

前!

木。

後ろ!

木。

・・・うん、森だな。
そんな漠然としたことが解っても何の意味も無い。
てゆーか事態は悪化方向

木が3つ揃えば森ならば、木が4つならば何なのか。林林?
リンリンー。どっかのパンダの名前みたいだな!お、ちょっと可愛いぞ!
とまたもや現実逃避をしたがる脳みそを叱咤して仕方なく考える。

・・・あ゛ー。
えーと?私は誰?
・・・おお!これは解るぞ!

どもどもー!ご紹介が遅れまして?
わたくし、と申します!
某がやたらめったら付くような県の公立高校に通ってる一般庶民ですよー。
富士山登っておにぎり食べたいねーっていう会話をする学年で。
部活とかはまだ入ってないんだー。
あ!あと、21世紀の人間ね。
なんかネコ型ロボットの最初の設定ってこの時代から来たーっていうのだったよね?
いや、実際誕生してないんだけどさ、残念なことに。まっこと残念なことに。
だからしてドラ●もんズとかいう知り合いもいないわけで、いや、そら欲しいことこの上ないけどね、普通にいないわけで。
ついでに言えばコスプレを趣味としている素敵なお達がいるわけでも、私の趣味なわけでも、中国に旅行に行っちゃった☆的な経験があるわけでもない。

よって、「・・・王ドラ?」と思わず突っ込みを入れたくなるような中国っぽい服装をしているわけがない、の、だが。


「・・・・・・・・・・・・。」


ぴらーり

きゃー!えっちー!

じゃ、ない。
ちょっとした好奇心で捲って見たが本物。
目の錯覚じゃなかったよー。
掴めたマジで触れた。

・・・そもそも、こんな服持ってた覚えがないのだが。
つーか何故来てるんだいつの間に着替えたんだ誰のだよ寧ろ私誰だよ!(混乱)
これアレじゃん、もう服というよりも衣装じゃん、舞台にも出れるよマジ誰のだよオイィィイイ!

しかも、だ。
さっきまで商店街の福引でもらったタダ券の恩恵による庶民の庶民のための休日ちょっとリッチホリディ!をハイなテンションで満喫していたはずなんだが此処は何処だ。此処は森だ。何故だリンリン!

さっぱりわけのわからん状況に笑うしかなくなった。
瞬間移動?
いやいや、生まれてこの方、超能力とかそっち系の能力が備わった覚えは兆候も現象も全くと言って良いほど無い。皆無。ナッシング。
拉致?
ノーノー。庶民拉致って何の得があるんデスカ。身代金払える程うちの家、金無いよ。


「・・・・・・さっぱりだ。」


はぁ、と軽く溜息を吐いた。

頭の上ではクエスチョンマークが乱舞し、脳では何処かで警鐘がなっている。
しかし、何を警戒すればいいのか、それすらもさっぱりで頭が痛い。
というのにハテナは消えもせずに寧ろ脳内映像で楽しそうに出たり消えたり好き勝手にぴょんこぴょんこカエルよろしく踊ってる。
脳内映像にすら殺意を覚える荒み様。
どうしてくれようか。

なんて思いながらもどうしようもないんだと冷静な私が言った。
360度見回しても木しか見えないようなところでただつっ立っていても何も変わらないのだと。
じゃあどういう反応をとればよろしいと?なんて問いかける前に答えは歴前としているわけで。


「・・・・・・・・はぁ。」


つっ立っていても仕方無いのならば、動くしかあるまい。

獣道にもなっていない場所を突き進む。
慣らされていないので好き勝手に縦横無尽と生えた草が邪魔をするように足に絡みつき、舌打ちしたくなる気分にもなるが、そんなことやったって何処も彼処も道なんて上等なものはないのだ。
草を踏み、枝を掻き分け、なんとかかんとか前進する。
この、いつの間にか着ていたよく解らない衣装はピラピラとしていて、存外動きにくい。
元々あまりピラピラした服を着ないから尚更不便に感じられた。
日本昔話にでも出てくるような天女の羽衣のような布に邪魔だと色気も何も無く悪態を吐きながら。
何か無いかと懸命に探した。


「・・・・・あ」


しばらく歩いていると目に入ってきたソレに思わず声が漏れる。
ぽつんと森の中で一軒だけ建っていたソレが簡素な造りの木造家屋で、簡素な造りだが、列記とした人の手が加えられたもので。
鬱蒼とした森の中に溶け込むようにそこに在った。
いつか修学旅行で見た京都の銀閣寺(確か東山文化とかいったっけ)を彷彿させて、その頃の思い出に浸ったのか、人がいそうな気配に安心したのか、思わず安堵の息が漏れる。

コンコン

近づき、拳で扉を叩いてみる。
数秒待ったが返事はなく、風のざわめきだけが耳に残る。



「誰かいませんかー?」


・・・・・・・・・。

無人?留守?―――居留守?
様々な考えが駆け巡る。
が、何故かその時、一番最後のものが一番近い気がした。
何故だか知らないけど、中に誰かいる気がした。
―――居留守?
何故?


「・・・おじゃましまーす。」


ガラッ


なんかもう面倒くさくてとりあえず扉を開けてみた。
難しいことを考えるのは嫌いだ。いや寧ろ考え事はややこしくなくとも嫌いだけども。
何事もとりあえずで行動に移すは後悔する確率がすこぶる高い。
が、本人はあんまり気にしない。

鍵はかかっていなかったらしく、力を加えられた扉はスンナリと勢いよく開け放たれた。
何にしろ、森の中でずっと居るよりも家屋の中に入りたかった。

大丈夫。
私ちゃんといませんかーって声かけたし、鍵かけてない方が悪い。
(というのは間違った認識だ)

扉を開けた瞬間に微量の風が吹く。
それと一拍遅れて首の前に何かが突き付けられたのが目の下の方に見えた。


「入って良い、とは言っていないはずだが?」

「すみませんねぇ、入っちゃダメよーとも言われてないもので。それに、入られたくないのなら鍵くらいかけといた方がいいんじゃない?」


その何かを辿れば一人の男。(居たなら居たで返事くらいしてくれ)

真正面に置かれた繊細な彫りの椅子に腰かけているでもなく、その近くでこちらを向いているわけでもなく。
彼は、扉の隣にいた。
隣に居て、両手をしっかりと刀の柄に添えて、鋭い眼光をくれる。

スラっとした長身の男はやはりこちらが着ているのを同じような中国っぽい服に身を包んでいる。
ただし、のものと違い、ヒラヒラ度は彼の方が少ない。
男女の差か、と思う。どちらかと言えば利便性もあり、彼のものの方が断然いいなと脇道にそれる。

目測60代くらいだろうという老人なのだが、その厳格そうな顔には一片の草臥れた様子もなく、灰色の眼でじっとこちらを見据えている。

そんな日本に居たとすれば絶対にお近づきになりたくないような恐そうな老人に、不思議と恐怖感は生まれなかったが、嫌悪感を何故か抱いた。


「・・・コレ、退けてくれません?危ない。てゆーか何ですか、堂々と銃刀法違反ですか。」


何やらかして来たんですか。

眉間に薄く皺を刻んでそうとだけ言えば一瞬目を見開きつつもまたじっとこちらを見据える老人。

とりあえず、本当に危ないので頑張って切れないように刀の刃をずらしながら心の中でグチる。
さっきからコレ、喋る時に喉に当たりそうでマジ怖いんですが。
つーか大体のところ、人の首筋に刃物突き付けるってのも人間としてどうかと思うなー。
幼稚園か保育所からやり直した方が世のため人のためですよー。
なんて。口に出そうものならばスパッといかれそうなのであくまでもインマイハート。
凶器持ってる人をあんまり逆なでしちゃうと若い内に死ねます。
はーい、お口にチャックー。


「・・・少し予定外だが・・・合格、だな・・・」

「はい?何か言いましたー?」


刃物を退けさせて、未だじっと視線を送ってくる灰色の瞳を仕方なく見つめ返していればボソッと呟かれた言葉がよく聞こえなくて聞き返せばなんかもうニィッと色々と企んでそうな顔で笑われた。
おーい、なんか雰囲気ガラッと変わりましたよー。


「お前さん名は?」

「あれ、無視!?ていうか何その極悪そうな顔!別人!?」

「はっは!気にしなさんな!小事をとやかく言うとるようではでかくなれんぞ!」

「ほほう、それは私が一般身長よりも低くて背の順では一番前になることを貶して言ってんのか?」


初対面のくせにイイ度胸してんじゃねぇか。


「む?おお、すまんすまん、気にしておったのか?」

「ぶぇっつぬぃー?(べっつにー?)」

「それよりの」


すまんすまんとか言いつつもニヤけ顔のご老人を思わず殴り飛ばしたくなる衝動に駆られ、なんかそんなことよりな感じで話を変えられキレそうになったがうん、こいつ生意気にも刃物持ってるんだよな!
ハハハ、真面目にムカつく。


「名はなんというのかと聞いておるのじゃ。儂は虹炎珂。炎とでも呼んでくれれば良い。宜しく頼むぞ?」

「・・・・・・・・・・・・。あんまりよろしくしなくていい。」



寧ろ、犯罪者とよろしくなんてしたくない。
というのがこの間の中に詰まっていたのだろう。
は思いっきり眉間に皺を寄せていた。





ニカッと若者のように笑う60代男と、嫌そうな顔を隠しもしない10代女。
―――中々に、不思議な組み合わせだ。










2008/12/02
ススム | モクジ
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