月に叢雲 花に風

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  act.2  









よし、結論から言ってしまおう。
はーい、皆、心の準備。
OK?

・・・どうやら此処は、“異世界”ってやつらしい。


あっはっはっはっは。

ザケンナ。

















月に叢雲 花に風
 act.2




















【日本国】
首都は東京、地球全体で見るとイギリスのちょうど反対側にある四方を海で囲まれた島国。
どちらかといえば発展国の部類に入り、最近ではヲタク文化が花開く・・・ってのはどうでもいいか。
私の母国。



【彩雲国】
首都と呼べるものは紫州(此処に王様が居るらしい)。
他に藍州・紅州・黄州・白州・黒州・茶州に分かれており、それぞれの州にそれぞれの州名を持つ有力者がいるらしい。
地球とか星とかいう概念は全くなく、寧ろここ星なのか、という疑問すら抱かない。
この前ちょこっと炎のおじいに引っ付いて町に出て見た所によると、どちらかと言えば発展途上国。
しかし、他国がないので実は比べようも無い。(先の意見は地球では、の話だ。)
政治は男がするものとかいうフザケた考えが未だ浸透しているらしく、男尊女卑と言われるようなものが残っている。
が、まぁ家の中の最高権力者はやっぱり奥さんだということだ。(何処の世界もこれだけは同じらしい。)





以上の事から考察すると、此処は異世界ということになってしまう。
日本がある地球には彩雲国なんていう国は在りはしないし、というか今時、星という概念すらないだなんて考え難い。
それに―――



「どうわッ!?」



急な襲撃に思わず持っていた桶を手から離した。
カランカランと景気の良い音と共に桶に入っていた水が辺りに飛び散ってしまったが今の私から言わせてもらえば、
そんなことは豆粒程の問題にもなりゃしない。

プルプルと、怒りの余り小刻みに震えた。



「まーた溢したのか?いい加減慣れたらどうなんだ。」



炎珂がその年老いたとはいえ、昔はさぞやうつくしかったろうと容易に想像出来てしまうほど端整な顔に浮かべた呆れという感情を隠しもせずに言う。
心なしか『また』というフレーズが強調されたような気がしたのは恐らくは気のせいではないだろう。(なんていうムカつくじじいだ。

先にも言ったが、辺りに水が飛び散ってしまったのだが、本や紙に水がかかっていないだけ今回はまだマシかな。
この前、炎のおじい所有の本とか送られてきた手紙に水ぶっかけた時はこれまでにない壮大な大喧嘩になったからなぁ・・・。

と、いう脇へずれた思考回路を元の場所に修正してから私は目を細くして目の前を通り過ぎた黒い物体を睨んだ。



「・・・・・・・・・・。」



この、偶に出てくる黒い物体。
炎のおじいの話だとこれは“妖”とか“魑魅魍魎”だとか云う存在らしい。
いや、名前は別にどうでもいいんだが。
問題はアレだ。
この物体が 急 に 目の前に現れることにあるのだ!!

こんなもん、我が母国日本にいるかってんだ!いねぇ!絶対いねぇ!
もしいたとしたなら私は一目散に逃げるぞ!誰かを盾にしたとしてもな!我が身が一番大事だ!他人?ハッざけんな、保身が一番に決まっとろうがッ!
なぁんて思考の私に天罰が下っているのだろうか?
コイツラが現れやがった時には、何の因果かどうにかこうにかして何故か害がやってくるのだ。新手のイジメとしか思えない。

神様、弱いものイジメ良くないよ!ダメ、ゼッタイ!!
まぁ、まだ子供の悪戯程度の害で済んでるのだけが救いだが。(本当にね、不幸中の幸いってやつでね!不幸には変わりないんだけどねッ!!



「何と言われようが・・・驚くもんは驚くだろ。」



寧ろ、これで驚かない奴がいたらそいつは感情的にどっか可笑しい。
小さな溜め息を一つ吐く。
それからぶちまけてしまった水を腰に付けてた布で拭き始める。
悲しいことに何度もやってしまったので手つきが嫌でも慣れてしまったのがそこはかとなくしょっぱい。

「だいたい、何で急に出てくるんだ!?出てきまーす!とか声の一言でもかけてくれればこっちの心構えもできるってもんでこんな惨事にはならないわけじゃん?しかもよりによっていつもいつも い つ も !水の近くに居る時で絶対に水害に遭うんだよなぁ
ありえないってのまったく・・・」



ブツクサ言いながらも手際良く着々と片付けをしていく。
それを見て後ろで炎のおじいが溜め息を吐いたのが聞こえた。(おいちょっと殴っていいか










―――このとかいう女。
話を聴けば「うん、異世界から来たみたいなんだ☆」とかのたまった。(この☆には年齢的にかなりの無理があったと思う。)
最初は何フザケてんだこのアマ。と思わず呆れかえったが、話を聞いていくうちに考えるに案外嘘でもないようなのだ。

第一、この国で異世界だなんていう概念を持つ人間はそうはいない。
何しろ“世界”という概念すら存在しないのだからソレは致し方無いことで。
第二に、コイツは意味もわからないことをやけにリアルに口走った。
曰く、“てれび”やら“けいたい”やら。

さっぱり解らんのだが、その話が妙に詳しすぎる上、―――真っ直ぐにこちらを見やる漆黒の瞳には嘘を吐いている者特有の陰りというものは
一切感じられなかった。


まぁ、俺としてはコイツが何処の誰でも、コイツがコイツであるのならば全く気にしないんだがな。


「帰る家ないからさ、これからよろしく!養い親☆」とか唐突に意味わからんことを言って寄生虫よろしく俺の家に住み着いた時はおもわず
「このガキ、シバキ倒したろうか」と思ったものだが何だかんだ言ってあれから一年一緒に居る。
中々早いもんだ。










「―――あれ?そういえば炎のおじい?」



フンっと何が可笑しいのか鼻で笑った炎のおじい。
片付けも終盤に差し掛かり、手に持つ布をギュッと絞りながらそういえばと思い出した事柄を口に出す。



「なんじゃ?」

「今日って確かどっかに出掛けるとか言ってなかった?」



この前酒飲みながらわーわー言ってたじゃん。
手元から視線を外して炎のおじいの方を見た。

炎のおじいは私が居候させてもらってから、独りで何回か出掛けていた。
週一とか月一とかそれもまちまちでフラッと出掛けたと思ったら一日二日帰って来ない事もよくある。
仮にも居候の分際である私に家を任せてもいいのかとおじいの危機感のなさに最初の頃は溜め息の一つでも吐きたくなったが
まぁどうせのこと私にその気はないのでどうでもいいこととする。

確か、この前そういう話をしていたような気がするのを思い出したというわけだ。



「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」



しばらくの沈黙をお互いに保った後、




「・・・・・・っ!!」



真っ青に顔色を変えて炎のおじいはドタバタと出て行った。




「いってらっさい。」




その背中を呆れたように見つめながらひらひらと手を振った。
なんだか炎のおじぃが学校に遅れそうになった小学生に見える気がするのは気の所為もしくは気の迷いか。
アレだなーこの年にしてでっかい子供を持った気分。
これって年下が年長に向かって思う事柄じゃないと思うんだけど。

「よいしょ。」という年寄り臭い掛声と共に見事復活した(というかさせた)床にお別れを告げ、桶に再度水を入れるべく井戸に向かって歩を進めた。

すると




ゴンッ


「・・・・・・ッ?」



ゴツン、と足先に何かが当たる。
こんな所には何も置いてなかったはずなのだが・・・不思議に思って視線を下に 向けて見れば




「あ・・・。」




布でグルグルと巻かれた瓶が目に入った。(通りで結構痛かったわけだ。)
拾い上げて布をずらし、銘柄を見れば“茅炎白酒”。
―――酒だ。

炎のおじいはちょくちょくと出掛ける際、いつも何かしら(大抵は酒なのだが)を持っていっていた。
本人曰く「手土産だ」らしい。
いつも「あー飲んだ飲んだ!」とか言いながら機嫌良く帰ってくるところを見ると、いつも絶対に一本全部(もしくはそれ以上)は飲み干して帰ってきている。
どんな胃してるんだあのじじいは。
もうなんか人間では在りえない物質が分泌されているのではないかと思う。

扉の前に放置されていたってことはコレが今回の“手土産”か。



「・・・はぁ、仕方ない。」



その瓶を抱え直した。
届けてやる、か。
自分でもどういう風の吹き回しかと笑いたくなったがたまにはこういうのも良いだろう。

適当な所に桶を置き、そのまま何か買い物でもしてこようかと財布の中身をチラ見してから懐にしまい、「建てつけ悪いんだよ、この家!」
とか文句を言いながら扉をきちんと閉めて家を出た。


外に出ると空に太陽がキラキラと輝いていて、「ああもうなんていうお出かけ日和」とニコニコしながら炎のおじいが居るであろう邸に足を向ける。










2006/11/9
 書き直し 2008/7/9
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