月に叢雲 花に風

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  act.15  







夢を、見た。

辺り一面白くて、それでいて何故か暗い、そんな、夢。


「             」


声を出してみても、その声は自分の耳にさえ届くことなく消え失せて。
自分が声を発したかさえもわからないような、そんな。


「・・・やっと来たのか」


ふいに、自分とは全く違う低いテノールの声が聞こえて。
声の聞こえた方向に振り返っても誰もいない。
けれど、確かに誰かいる気がして、私は口を開いた。


「やっとって、ここへの扉を閉ざしていたのはあんたの方じゃないか。」


その声も私の耳には届かなくて、何て言葉を発したのかさえ解からなくて、自分で自分が解からなくて。


「ふん、お前が全てを忘れているから仕方の無いことだろう。」

「無茶を言うな。そうしたのはお前の所業だろうが。」

「・・・もっとも、本当に思い出してはいないようだがな。」

「当たり前だ。この身体は普通のモノだ。そんな簡単に思い出したらそれこそ天地がひっくり返る。」

「ははっ それで?無理をして出てきた理由は何だ?」

「そろそろか、と思ってな。」

「・・・確かに、そろそろだがな。そろそろ、歯車が回りだす。」

「予定通り、とは些かいってないが、まぁ順調だろう。」


くすくすと、私であって私でない声が嗤う。















月に叢雲 花に風
 act.15















「・・・い、おい!」

「ん・・・・むぅ・・・?」


誰かが叫んでる。
思考の泉でそう思い、は薄っすらと瞼を上げた。
するといつもの見慣れた炎珂邸の古ぼけた天井とは違い、真っ白でそれでいて美しく飾り立てられた天蓋が頭上に吊り下げられているのが目に見えた。

・・・此処は、何処だ?

いかん、この年にして痴呆症併発か。
洒落にならん、これでは狸じじぃ達を笑えない。

なんてことを考えながら首を巡らせると、金糸を無造作に垂らせた整った顔立ちの青年と目があった。
・・・おお、王様じゃないか。

って


「うおおおおぅ!なんてこった!今何時!?」


ガバリ!とは勢い良く飛び起きた。

ゴガンとかなんとか鈍い音がしたのは気にしない。
私の頭は色んな人に殴られなれているので石の用に堅い。
・・・あれ、なんか自分で言っててちょっと悲しいぞ。

素早く窓から見える空に視線を走らせ、その空が橙色に染まっていることを視覚してサァーッとの血の気の色が引いていく。

しまった、何時の間に寝ていた私の馬鹿野朗ぉおおおっ!!
まだ府庫へ届けなきゃいけない書巻が何冊かあっただろうが!
っていうか押し掛けであったにしろ、下働きの分際でこんなとこで寝てたなんて他の吏部官吏達に知れたらそれこそ面目がまるでたたないじゃないかっ!


「・・・そなた、大丈夫、なのか?」


いそいそと掛けられていた布団から這い出し、寝台から降りようとするに向かって、どうやら頭の痛みから生還したらしい王様こと劉輝が話しかけた。
彼にしてみれば、話の途中にいきなりぶっ倒れたを心配しているわけだが、はそんなこと気付きもしない。
なんでって、焦ってるから。


「大丈夫だったらいいのにな!」


ははっと乾いた笑いを浮かべ、寝台の周りを隈なく探す。

何処だ、何処だ、府庫行きの書巻たち御一行様は何処だぁあああっ!!

ドタドタと慌ただしい足音を立てながら室内を隈なく探し回るに少し怯みながらも劉輝は声を掛けた。
何が怖いって、吏部特有の鬼の形相が怖いんだ、なんて口が裂けても言えないわけだが。

・・・も吏部雑用が板についてきている。(憑いてきている、の意味で。)



「な、なにを・・・探しているのだ?」

「何をもクソも減った暮れもあるか!書巻だ!私が王様とぶつかった時に持ってたやつ!」


叫んだ拍子に劉輝の顔に視線を向けたはその場で瞬時に固まった。固。


「・・・って王様ぁあああ!?うわ、申し訳ございません!大変失礼を致しました!寝ぼけていたとはいえ、主上に向かってとんだ失言を・・・!」


つーか暴言を・・・!
これはさすがのでも焦る。

やばい、冗談じゃなくてやばい。
吏部の下働きの雑用と彩雲国国王である主上とだなんてそれこそ天と地ほどの身分の差があるわけで、どう考えても、起きぬけからのの言葉の数々はそんな身分の差がなくとも失礼にあたる言葉遣いの数々であったわけで、下手すると首がとぶっていうか下手しなくとも首が飛ぶっていうか!!
首が飛ぶだけならまだいい方で、最悪の場合、極刑、なんてのもありえちゃったりするわけじゃないデスカ!?

















「主上は、此方におられるかの?」


:ひたすら謝り倒す

劉輝:物凄い剣幕で謝られて少々怯む



というまるでコントのようなことを繰り広げていた二人の耳に第三者の声が届いた。

というか、劉輝にしてみれば、王の自覚なんてなんたるや。
そんなものは今の現状でさらさら持ち合わせていないので、彼にとっては乱雑であるにはしろ、自然に接してくれたに感謝こそすれ、何一つ謝られることなどないのだが。
それを知らないはひたすらに謝り倒していたのだ。

すい、と扉が開かれ、先程の声の主が顔を出す。
すると顔を覗かせた老人は室にいるのが劉輝との二人だと見るときょとん、と目を丸め、その後、視線を下方へと下げた。


「・・・すまんの、取り込み中であったか。」


そしてしずしずと老人は扉を閉めようとする。


「ってそこは違うだろ、霄のおじい!つーかありえないからぁああああ!

「ぶ・・・くく、すまんの・・・くくく・・・」

「 わ ら う な ! ! 」


そんな霄太師に向かっては声を張り上げた。
こんのくそじじいわかってる癖に絶対愉しんでやがる・・・!
ついには噴出して、腹を抱えて笑う霄に向かっては青筋を浮かべた。
そんなにまでもコントは面白かったらしい。
どうやら、視線を下げたのはただ、笑いを収めるためだったらしく。

そんな二人の攻防を見て、今度は劉輝のほうが目を丸くした。
何故、この二人が知り合いなのか。
ていうかこのクソじじい、余の部屋に何の用だ、という劉輝の睨みの視線に気付いたらしい霄が「まぁまぁ」という風に手でをいさめ、ゆっくりとこちらを向いた。

その皺だらけの顔にさらに皺を刻みつつ、霄は口を開く。


「後宮に、姫を迎えることにしましたぞ、主上。」


その口から発せられた言葉に、劉輝ももその場で固まった。

いや、劉輝にしてみれば、いつかは来ると思っていたことなのかもしれない。
だが、彼にしてみればその姫とやらと接触する気はさらさらない。
彼の人は待ち人を待つためのみに王座についているのだから。

焦ったのはの方であった。
おいおい、それ私みたいな身分低い者が聞いていい話じゃないだろ!と思わず退出を許される暇もなく、事も無げに言い放った霄にきつく視線を向ける。
これってある意味国家機密じゃないのか!?


「それに置いて主上、それに居る者を後宮の女官にあげることになりましたからの。」


ふぉっふぉっ とバルタン星人笑いをかます霄には思わずその首元に手をかけた。


「って聞いてないわこの狸!」

「ふぉっふぉ!言ってないからの。もちろん、炎珂の方からの了承はばっちりじゃ☆」

「いい年こいて語尾に☆とかつけてんじゃねぇええええっ!!」


取り残されるは、劉輝のみである。

え、ていうか自分の目の前にいるこの小柄な少年は男であって女官なんて無理じゃないのか?と。




2008/3/25
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