月に叢雲 花に風
act.14
王華乱・・・おうからん・・・オウカラン・・・御羽化卵??
うーむ・・・。聞き覚えも見覚えも全くと断言できるほどない。
私の物凄く頼りなくなってきている記憶的に言えばあの“彩雲国物語”でそんな昔話は掲載されていなかったはずだし、こちらの世界に来て(世に言うトリップというものだ)から読んだ書物(炎のおじぃ秘蔵のブツとか府軍のとか)にもそんな出来事は書いてはいなかった。
むしろ私がそういうこの国の歴史が載っている系の書物を避けた、といってもいい。この国の歴史なんて私には関係ないし、私は“今”を生きているから。私は私。先人は先人。そう割り切っている私には歴史とか過去とかは無縁のものだ。
そう、関係のないもの。
・・・でも、何があったかは、知ってる。
それは――――何故?
月に叢曇 花に風
act.14
てくてくとは歩いていた。
そう、それはもうてくてくてくと。
入り組んだ造りになっている外朝をただ真っ直ぐ前を向いて歩く。
何か考え事でもしているのであろうか、心なしかその瞳にはあまり精気が見られない。ただぼうっと前を見つめていた。
そんな時、ことん、という小さな音がの耳に飛込んできた。
ふとその音に気付き、の瞳にやっと光りが戻ってくる。
そして、ある重大かつ深刻な問題に気付くのであった。
きょろきょろ、と辺りを見回し、ふむ、と一言口に出しながらポリポリ頬を掻く。
「・・・迷ったな。」
うん、それはもう完璧に。
長い回廊は質素だがあしらわれている装飾は繊細で美しく、金かかってんだろうなぁ・・・なんて思わず考えてしまった私はきっと庶民の鏡とも呼べるんじゃなかろうか。ていうかきっとここに秀麗とかいたら二人で「この装飾にかかる金で何ヶ月、もしくは何年食べていけるか」とか討論できそうだ。
とにもかくにも、こんな長い回廊は今まで結構好き勝手に歩き回っているが見たことがなかった。
自分が歩いている左側は庭園になっていて様々な種類の草木や花が美しく配置されて植えられている。右側にはいくつかの扉があり、扉から扉までの距離を見る分には中の室はなかなかの広さがあるだろうと推測できた。
そして、ちょうど今歩いていた隣にある室。
そこから今、小さいけれど確かにことん、と音がしたのだ。
きょろきょろともう一度見回してみるが人影は無し。
室の中からももう他の音がしないということを見る分には誰かが出てくるような気配はない。
一つゆっくりと息を吐き出してからまた腕に力を入れて「よいしょ」と書巻を抱え直す。
先ほど、絳攸や他の吏部官吏達から託された書簡類はぼーっとしながらもなんとか気力とかそこらへんのものをフル活用して各部署に届けたので(なんかもう最近は他部の官吏達とも顔見知りになってきてしまっている。
あ、でも魔の戸部だけは別。あそこは忙しすぎて色々と一杯一杯だ。)、後残すはこの腕の中にある府軍に届ける予定の書巻数冊になっているのだが、如何せんこの数冊が問題である。どれもこれも軽く指2,3本はいけるんじゃなかろうかとも思えるほどに分厚い。そりゃもう本当に。そろそろ腕が痺れてきているので何時落とすやらちょっと不安だ。もう少し(だと思う)から頑張って、私の腕。あとちょっとだよ。(たぶん)
ふむ、さーてこれからどうしようか・・・。
誰かに道を聞こうにも辺りには人っ子一人見当たらないし、ここには日本の学校よろしく地図、なんてものは不親切にも付けられてはいない。 私はどこかの万年迷子と違って矜持なんてほんのちょっとしかないから誰かがいたら真っ先に道を聞くというのに。
肝心の人がいないなんて元もこもないじゃないか。
「はぁ・・・・あっ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
もう一度深く溜息を吐くと、隣の室の扉がいきなりバタンッと豪快な音をたてて開かれた。
何事かと思わずバッと首をその扉の方に向ける(高速に動かせすぎでちょっと首もげるかと思った。)と、そこには金髪の背の高い青年が立っていた。
ぱちくりという瞳でこちらを見下ろしてくる(むかつく!)その青年は紫の衣を身に纏い、扉を開けてを見下ろしたままの体勢で固まった。
・・・びびびびびっくりしたぁああっ!!
なんだよ、お前!最初のことり、以外何も音たてなかったくせになんでいきなり扉開けるのかな!?
心臓飛び出るかと思っちゃっただろう、おい!
思わず腕の力抜けて書巻落ちちゃっただろうが!
あ、でもやぁっと腕が楽になったなぁ・・・って。
「あああああっ!やばい・・・!邵可さんに怒られる・・・!」
慌てて自分の腕から滑り落ちた書巻たちを拾い集める。
うわわわわっ!お、折れてないよな!?ちょっと待てよ、これで紙折れてたりしたら一大事だぞ・・・!? そんなことしたらきっとさすがの邵可さんだって怒るに違いない・・・! うわー、普段にこにこしてるだけあってやっぱり怒ると怖いんだろうなぁ・・・。 こ、こえー。なんか想像しただけで恐ろしい・・・。なまじ邵可さんが昔、黒狼だった、って知ってるだけで物凄く怖いよ。邵可さんって本大事にしそうだしさ・・・。
書巻を拾い、パラパラと捲って紙の安全を確認していると、ふと自分の上に自分とは違う影が重なる。 不思議に思って書巻から顔を上げてみると先程の青年がこちらと同じように屈み込み、心配そうに書巻を眺めていた。
・・・なんだ?あ、もしかして心配してくれてんのか?
パラパラと書巻を捲り、紙が一枚も折れていないことを確認してから青年に向かって言葉を投げた。
「あーえっと、大丈夫みたいだから、気にしないで?」
書巻をまた「よいしょ」と抱え直し、ニコリと笑うと青年は少し吃驚したような顔をしてから、ほわりと笑い、「よかった」と言う。
その顔に思わず、見惚れてしまった。
というよりは、何故か、どこか、見たことがあるような顔に見入ってしまったのだ。
「悪い。余が・・・私が急に扉を開けたものだから・・・」
「え?いーよ、私が勝手に落としちゃったんだし。あんたは悪くないだろ。」
しばらく黙っていたに何を思ったのか、青年はまた申し訳なさそうな顔で言葉を発した。
それに軽く笑いながら答えるとまた、嬉しそうに青年は笑う。
・・・なんか、見た目と違って随分と子供っぽい人だなぁ・・・。
ぽつり、と思う。
彼の容姿は傍目から見ればよりも少し年上かと思われるのだが、如何せん、よりも年上、所望“大人”と呼ばれるような年の男がこうも簡単に警戒無しに笑うだろうか。
しかも、彼の着物は―――
「ん?」
「・・・?どうしたのだ?」
はた、と止まり、は彼の着物をしげしげと眺めた。
そして、何かを思い出したのか「ああ」と関心したように頷く。
「国王、か。」
「ふむ」と言いながら、彼を見る。
通りで見覚えがあるような気がしたわけだ。
あの“彩雲国物語”のちょうど秀麗と劉輝が始めて会った時の衣と同じではないか。
そんなの行動に彼―――紫劉輝はその瞳を大きく見開いた。
「いやー、わりーわりー。そっか、なぁーんか見覚えねぇなぁーなんて思ってたらここ、王様の住んでるとこかー。」
またもやキョロキョロと周りを見渡す。
なるほど、金かかってたわけだ。
王様だもんな。国王様。金かけんのは当たり前か。
「・・・何?あぁ!もしかして間違ってたとか!?」
そんな馬鹿な。
この1年間、霄のおじぃとか炎のおじぃとかのお遣いでうろちょろと歩き回っていた私だぞ?
それなのに見たことがない、なんて可笑しいと思っていたらここ外朝じゃないのか、んじゃわからなくても当たり前だったんだなーと結論づけた私の思考をどうしてくれる!?
尚も瞳を見開いたままで動こうとしない劉輝には視線を合わせた。
「・・・いや、その通りだ。」
しばらくの沈黙の後、口を開いたのは劉輝の方だった。
何故か安心したような顔でこちらを見てくる劉輝にはまたふと、思う。
なんか
挿絵とかそんなんじゃなくて・・・・
見たことがあるような、
この安心したような笑顔。
・・・・・・・・・・・・どこで、見たんだ?
2007/04/20
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