夜桜と猫

No.1 white out






暗かった。

何もかもが暗くて、常夜の闇。

見渡しても見渡しても、一向に見えることはない瞳の光彩を刺激するはずの光というものを、まるでそれが無ければ死んでしまうのだというかのように必死に、探す。

首を巡らし、体の向きを代え、何処かに必ずあるはずの光を求めて、さまよい歩く。

歩いて、歩いて。

ひたすらに歩いて。

ピタリと足を止めた。


―――此処には無いのかもしれない。

何が?

―――光が。

どうして?

―――場所が違うから。

迷ったの?

―――そうかもしれない。


けど、違うかもしれない。

行き先は考えていなかった。
別に何処へ行きたいとかは考えていなかった。
行き先が無いのなら迷わない。
迷いは到着点があるからこそ生まれるものだから。
行き先の無い私は迷わない。

行き先。

行き先?

私は何処に行きたいのだろう。

何処に行きたいの。

何処で生きたいの。


―――何処でも良い。


光がある世界なら。
刺激がある世界なら。
誰かと生きていける世界なら。

何処だって良いんだ。

私が私として生きていける世界なら。










夜桜と猫
 white out










ガタガタと騒がしい音が鼓膜を振るわせた。
何か重いものでも動かしているようなそれは時にはゴトッとかガタンッとか盛大な音を立てる。
その音がだんだんと自分の方に近づいてくるのが解って、一体何の騒ぎだろうといつのまにか閉じてし まっていた瞼を開けた。
・・・開けようと、したのだが。

おかしい。

ということに気付いたのは瞼が開かないと気付いた今この時。

どうしようもない。

と悟ってしまったのは瞼に続いて手足さえも動かせないと解った数秒後。
どうなっているのやら。

現状がさっぱり掴めなくて、かと言って打破すべき方法も思いつかなくて、どうしようかこのままずっと寝転がっていなげればならないなんてそんな信じられない時間の無駄全力で遠慮したい。
と、思考を巡して、はたと気付いたのは先ほどから気になっていたはずの音。ガタン

これは何の音だろう。ゴト

重いもの、を動かす音。ガタ

重いもの。
そういえば体が重いのは何か重いものが上に乗っかっているからなのかもしれない。ガン

体に痛みやらは感じなかったのだがそうかもしれないと思った瞬間に何故だか痛みを感じる気がしてきた。重い。ゴトン


音が大きく近くなるにつれ瞼の下からでも光が増えているのがわかった。

赤く、黄色く、白く、視界が染まる。ドシャ

空気が、舞い込んだ。


「・・・何でコイツ起動してんだ?」


知らない人の、声。

体に圧しかかる重みも無くなり、ホッと息を吐く。
息を付けば、その知らないけれど何故だか懐かしい気配は驚いたように軽く息を飲み、私に触った。


「電源・・・は切ったはずなんだが。いや、切れたままか?あ?なんだこりゃ起動力はどうなってんだ?充電はしてないし・・・」


何やら意味のわからないことをブツブツと。
呟きながらぺたぺたと私の身体を触る、というよりは調べている。
くすぐったいようなもの映いような感覚に身じろごうとするものの、体は未だ私の好きには動いてくれないようで。
それでもなんとかならぬものかと思いつく限りのアクションを起こして、カパッ口が開いた。
どうやら今のところ口だけは私の好きに動いてくれるらしい。
まぁいいだろう。これで意志の伝達ができる。


「マスター、あの、そんなに触らないで欲しいんですけども。」

「・・・ああ、悪い、01。」


おいおい、マスターって誰だよ。
(自分の口から洩れた単語だが何の用途で使ってんだおいおい)
という私の内心の突っ込みも華麗に流し、その人は私の言葉に、驚いた反応を見せつつも言葉を続ける。
そこでまた疑問。
おいおい、ゼロイチってなんだゼロイチって。

パッと手は離れていったけれども未だその人は私のことが気にかかるらしく、近くにある気配は戸惑いのような色を見せている。
かと言って私だって何が何やらさっぱりでおまけに自分の口から飛び出してきやがってくれた単語にさえ混乱させられる始末。
どういうことだ。


「・・・気分はどうだ?01。」

「比較的良好ですが。状況が未だ掴めていません。マスター、情報入力を。」


なんのこっちゃ。

すらすらと私の脳を介さず、言葉は私の口から溢れ出す。
それはまるで脊髄反射のようにその人の言葉に反応し、そしてまた疑問を投げ返して。
不可思議極まりなかった。


「こちらも良く解らないな・・・。仕方ない、確認しよう。01、お前は何だ?」

「名称は01、名前は。マスターの作った人形、大学に通う学生。」

「・・・バグか?」

「考察するにケース85。」

「85・・・というと異物侵入か?」

「イエス」

「一番有り得ないと思ってたケースだな・・・。」


そう言ってその人はまた手を顎に当て考え込むように黙り込んだ。

此処で確認、ごめん、私、何もさっぱり全く完璧に解ってない。
私が宙ぶらりんなことをお忘れなく。


「・・・、とか言ったか。」

「あ、はい。」


しばらくすればその人はまた私に視線を向けた。
よく解っていないながらも、発した言葉が音になったのを耳で聞いて安堵する。
今度は私の意志で回ってくれるようだ。


「・・・?どうして目を閉じるんだ?」

「え、ずっと閉じたままなんですけど・・・。なんか開けられなくて。」


視界は単色。
黒だったり白だったり赤だったり。
瞼の下から感じる光の量で色が変わるだけで、確固としたものは瞳には映らない。
瞼を閉じているのだから当たり前だろう。

にしても先程の彼の言葉はまるで私が今まで 開 け て い た 目を閉じたような言いようだったではないか。
そんな馬鹿な。

え?と疑問符を投げかけて意味が分からないと固まった私を見てその人はふむ、と頷いた。


「01、主導権を譲ってやれ。ちょっとの間でも良い。」


イエス、マスター。
と、頭の内で声がした気がした。


「・・・・・・・・・は?」


パチリと、今まで何をやっても動いてくれなかった瞼が動く。
そのことにまず驚き、次に自分の横で跪くようにして顔を覗き込んでいる同年代であろう男に驚き、そして男の向こう側に見えた知らない景色に驚いた。

ゴミ集積場

言うならばそんな感じ。
見渡す限りのゴミの山。
雑誌の山だったり、所々凹んだ車だったり、壊れた冷蔵庫であったり。様々だが、とりあえず言いたいことは、雑誌を紐で括るくらいなら古紙回収へ出せ。
あと冷蔵庫とか明らか粗大ゴミだろう。車なんて粗大ゴミの範疇を越えている。
一般ゴミと一緒に捨てるな。


「で、。聞きたいことは?」


ゼロイチとやらが譲って(?何を?主導権?は?)くれたからか何なのか、いつの間にか起きあがっていた私はへたり込んだままだったけれども前後左右を見回して、見て、確かめて、そんな馬鹿なとまた見て確かめて。
ブンブンと勢い良く振り回していた私の頭をグキッという音と共に男が捕らえた。
さっさと質問に答えろとばかりにジッと瞳を合わされて、ちょっとばかり及び腰だ。

だってなんかこの人、無駄に美形。
太陽の光を受けてキラキラと金糸のように光る金色の髪、まるで宝石のような輝きを放つ蒼い瞳、そしてそれらを囲む整った顔立ちははっきり言って、私の周りじゃなくとも例えブラウン管の向こうにでさえもこんな美形はそういなかったと断言できてしまう感じで。
噸と男になんぞ縁がなかった私がずざっと退こうとしたのも無理ないだろうということにしておいて欲しい。
まぁ、頭を挟むように捕まれているのでやろうとしただけ無理だったのだが。


「あー…えっと、とりあえず此処は何処ですか?」


せめて目線だけでも外そうと試みるが頭を掴まれてしまっているので無駄だったようだ。
というかいい加減離して欲しい。
バッと風の音が耳の横で聞こえるであろう勢いで動かしたのにも関わらず首もその手もピクリとも動かないなんてどれだけ本腰置いて捕まえてんだこの男。
異性に瞳をジーッと食い入るように見つめられてホント気が気でない。


「此処は流星街。何を棄てても許容される街だ。」

「は?りゅ・・・?」


何処だそれは。
言っておくが私の地理の成績は壊滅的であり、教師泣かせでもある。
大丈夫この地区から出ないからなんてほざいていたのだが、此処明らかに元居た地区からかけ離れているんでちょっと耳慣れぬ単語に良からぬ方向へ行きそうだった思考回路を切断する。

・・・いやいやいやそれは無いってさすがに無いよ。無いでしょ無い無い。有り得ない。
現代日本において流星街なんてそんなとある少年が頑張って奮闘しちゃう某マンガに出てきたような名前の街があるだなんてそれは無い。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体名とは一切関係がございません!


「あー、ええっとですね・・・具体的に何市なんでしょう?あ、なんなら何県とかだけでも・・・」


聞き慣れない街名にきっと聞き間違えたのだと推測。
もう一度聞いても聞き慣れないのだから知るはずの無い地名だろうと範囲を広げた私の問いにその人はコイツ大丈夫かって感じに眉を顰めた。
なんて迷惑な奴だ。


「・・・流星街は流星街だ。地図に載らない、極一部の者のみが知る、在るはずのない街。ここはその北部だな。」


・・・コイツ大丈夫か。
と思ってしまった私は何も悪くないと思う。

え、本気ですか―――?