夜桜と猫

2 unknown reason





「マスター、今日は朝から何か口にしました?」

「・・・・うん。」

「何食べたんですか?昨日作って冷蔵庫に入れといたストックが全く手を付けられた形跡が無いんですけど。」

「うん。」

「1+1は?」

「うん。」

「・・・マスター、私の話聞いてないでしょう?」

「うん。」

殴っていいですか?

「うん。」










夜桜と猫 ??2
 unknown reason









「ったく・・・って本当に暴力的だよなー。つーか痛ぇ!まぁレイの腕力そのままなんだから当たり前っちゃあ当たり前だけどよ。もうちょっと手加減しろよなこの野郎!痛いわ!俺のこの素晴らしき脳みそに傷が入ったらどうしてくれる!」

「野郎じゃありませんー。生物学上列記とした乙女です。レイのフォルムだって女性フォルムじゃないですかしかもやけに忠実に!変態くさいですよ。それにマスターの脳みそはアレです。『馬鹿と天才は紙一重』。一般常識からよくお勉強し直した方がよろしいかと存じますよ。」


それに、了承は取りました。

と答えればマスターからは「んなわけあるか!」と耳から聞こえる音質で、レイからは「フレンドの言う通りです、マスター」と脳みそに響くような音質で返事が返ってきた。

ちなみにレイというのは今現在私とこの身体を共有しているマスターの人形のことだ。
初めて会った時は01とマスターに呼ばれていたのだが、何だか味気ないからと私が勝手に名付けさせてもらった。
レイからは「問題無い」との了解を頂いたし、マスターもそう呼んでいる辺りから別に良いのだろうと思う。


この訳の解らない状態に遺憾ながら巻き込まれてしまったのが2年前。
当初はこの意味不明な状況にテンヤワンヤでテンパリまくっていた私ですが2年も経ってしまえばこっちのもんです。

マスターの人形であるレイの情報収集能力も手伝って、粗方の整理もつき、元から新しい環境に馴染みやすい性格でもあるので、今ではレイの身体に意識データだけインストールされたのだのなんだのいう信じられない状況にもすっかり馴染んでやりました。
ざまーみやがれっていう感じです。


「で、マスター。ビーフシチューとロールキャベツ、どっちが良いですか?あぁ、あとパンなんかも作ってみましたけど。」

「んじゃぁパンで。もうちょいでこれも終わるからそれ終わったらビーフシチュー。」

「了解しました。とりあえずパンはここに置いておきますね。」


コトリとパンが乗った皿をマスターの傍に置いてからPCを覗き込む。

この画面表示は―――ハッキングか。

レイのデータから弾き出された結果に嘆息した。
こらこらこら。あんたこれ国家機密とかいう奴なんじゃないでしょうか、ねぇ。
いや、もういいけれど。今更だし。溜め息。

流星街というこの治外法権な街でも仕事というものは存在する。
暇だからとかいう非一般的非常識思考の輩もいるし、ただ単に人間並みに金かせいでみたいとか、何か買ってみたいとかいう一般的常識的思考の人もいる。
私のマスターことこの男は迷いも何も無く前者であると答えられる人間なわけだが、これがまた選ぶ仕事が法に触れるものばかり。
人生を楽しむにはちょっとばかしのスパイスは必要不可欠なのさ、とかいうどこかの小説から感化されたのだかなんだか知れない格言の元行動しているこの男はきっと碌な死に方しないんだろうなというのはの心境である。


「―――おっしゃ、これで良し、と!」


タンッとエンターキーを押した、の言うところの碌な死に方をしないマスターはくるりとイスをスライドさせ、こちらへと向き直り訝しげに眉を寄せた。


「えぇっと?ちゃん、ソレはどうしたのかな?」

「なんですか、マスター。急にそんな声出して。」


気持ち悪いですよ、と言えば「お前何処まで失礼なんだ!」と憤慨されたのだがんなもん知ったこっちゃない。
ていうか普段はそんな声出さないのにいきなりそんな小さい子に話すような言葉で喋られましても。
そう、小さい子に―――


「・・・なぬ!?」

「いやいやお前気付くの遅すぎだろう。自分の身体のことだろ?」

「じゃかーしぃ。想定外だ。」


マスターの言葉を切って捨てて自分の手を見て、足を見て。
おかしいなと首を傾げる。


「マスター、鏡を。」

「ほいよ。」

「・・・マスター、おかしいです。」

「そうだな。文字通り、見るからに。」


・・・・・・・・・ちっちゃい。

手が、足が、体が、小さい。
おまけに鏡に映る顔ときたら本来映るはずの、ここ2年間ですっかり慣れ親しんだはずのレイの顔じゃなくて、私の姿だ。

―――10歳くらいの。


「そ ん な 馬 鹿 な !」

「うるせぇ」

「マスター!バグでしょうか!?」

「お前にバグは無い。解ってんだろ。」

「若返りました!」

「良かったな。」


レイのフォルムは18歳くらいに設定されているらしい。
つまりここに飛ばされた私と同い年だ。
組み立てられたのはマスターが15歳の時だとレイの記録に入っていたから当初はレイの方が年上に設定されていたのだろう。
とかそういうのは今はどうでもいい話である。

若返った。
元から童顔だと定評のあった私の顔であるが、ここ2年間見てなかったにしてもこれは童顔すぎると思う。
というか思いっきし10歳のあの日の私にそっくりくりそつつーかそのまま。

どうなっているんだ誰か説明してくれ。

手はもみじだし、べたっと思わず触ってみた頬はぷにぷにでなんか触ったら自分の頬なのに気持ち良かったし、お肌はすべすべだし・・・って肌ぁ!?


「マスター!肌です!」

「言い得て妙だぞ。」

「ふざけてる場合ですか!」

「まぁ妙だが慌てる場合でもないな。」


それはそうだけれども!

私と身体を共有しているレイはマスターが作った人形である。

流星街という名前から察せられたかと思うがHUNTER×HUNTERにそんな街あったよね。あったなぁ・・・と遠い眼。

・・・レイはマスターの念人形である。
意志を持つという点でかなりの高性能なわけだが何が何だかどうやったのかわからないが充電性なのである程度充電(充念?)しておけばOKらしい。
まぁ念なんてよく理解していないのでなんでも有りなんだろうと思うことにする。

私がレイの身体に入った時はその充電が切れていたらしいのだが。(あの時はマスターはレイが何故充電もしていないのに起動しているのかと疑問に思っていたらしい。)


「ふむ、こういう機能はつけてなかったんだがなぁ。つーか、この姿はお前か?」

「そう・・・ですね。若返ってるんですけど。」

「へー。」


あ、もう聞いてない。
顎に手を当てて考え込みだしたマスターを見てまた眉根を寄せた。

考え込みだしたマスターはもう誰の話も聞かない。
聞かないというか誰の声も耳に入らないんだろうきっと鼓膜かそこら辺が開閉可能なのに違いない。
もう一つ溜め息を吐いて。
せっかく温めたビーフシチューがすっかり冷え切ってしまったのを確認して、また溜め息を吐いた。

・・・幸せがどんどこ逃げていく気がする。






to be next