夜桜と猫

14 Souvenir




「ブモ!」

・・・ブモ?



・・・イノシシとイベリコ豚の捌き方は一緒だろうか。
いや、イノシシなら捌けるんですかってそんなわけないでしょ、レイ。ただのノリよ。ノリ。
ていうかこれイベリコ豚でもないし。

思わず、目の前で元気良くブモブモと可愛いのか可愛くないのかよく解らない鳴き声をあげている子豚を見て、思考を飛ばした。




















夜桜と猫
No.14 Souvenir




















どうやらレイはシルバのことが苦手らしい。

というか、レイは実はなかなかに人見知りが激しかったらしく、私とマスターと桔梗以外の前ではめったに姿を現そうとしない。
この姿ってのが、マスターがまだ小さい頃に作ったっていう猫の人形のフォルムってのにも問題はあるのだろうけども。
前にも言ったと思うが、流星街に住んでいると、育児やら日常生活が重労働で、レイはいつも私とリンクしてたから、猫フォルムではあまりにもご近所付き合いが欠如しがちだったことも理由の1つだろう。
レイなりに恥ずかしいに違いない。
一度桔梗が呪いの人形みたい、と口走っちゃってたし。
子どもという生き物は正直者であるが故に残酷である。

とにかく、最近はもっぱら私とリンクしているせいでフォルムはいつも01バージョンか、私が念を使う時には変化するという摩訶不思議な発動条件でこちらに飛ばされてきた時の年齢の私の姿だ。

と、いうのも。





「はい、これシルバの分ね。」

「あぁ、すまない、キキョウ。」

「いいのよ!シルバのためだもの!」

「すまないと思うくらいなら人ん家の食卓に勝手にあがるな。」

「キキョウもも良いって言ったし。あんたには関係ないだろ。」

「ここの家主は俺だ。」

「はっどうだか。」



ここ最近、シルバが毎日のごとく日参するからである。

何か用事があるわけでもなく、用事のついでに通りかかったというわけでもなく(まぁ流星街に通りかかる用事など無いだろうが)。

何故か毎度の如く手土産を持参してくるシルバだが、いくらものが無い流星街に住んでいたって手土産くらいで絆される私では無い。
どれだけ桔梗目当てで来ようが、私やマスターに手土産で誤魔化そうとしようが、桔梗を嫁になどやらんぞ!である。
まぁ本人の前ではそんなこと恐ろしすぎて口にも出せないが。

それでも手土産に罪は無いので、有り難く受け取ってしまうのは・・・別に絆されているわけでは断じて無い!いや、ホントに!

一度、パドキア共和国の名産だとかいう作物(後で調べたら超高級品だった)をその日の食卓に出してみたら、予想外の出来事だったらしく、それ以来、味を締めたのか手土産は毎度のことの如く、食べ物になった。
手土産もらっておいて、はいサヨナラと言うのもなんなので(というかそんなことマスターじゃあるまいし、恐ろしすぎて口にできるわけがない)、ここ最近の我が家の食卓を囲むメンバーが一人増えた次第である。

で、だ。

その毎度恒例の手土産。




「はいはい、そんなところで言い合い始めないでください。ご飯ですよーごーはーんー。」

「あぁ、ありがとう、。」

「ちっ、はこいつを甘やかしすぎなんだよ。」

「マスターったら!ごめんなさいね、シルバ。気にしないで?」

「ん、別に元から気にしてない。」

「このクソガキ・・・」

「・・・?、今日は鶏か?」

「(うわぁマスター完璧無視されてる)は?あぁ・・・」

「あら、本当ね。の作る料理はどれも美味しいけれど・・・今日はシルバが豚を持ってきてくれてたんじゃなくて?」

「昨日仕事で行ってきた国にだけ生息するとかいう珍しい種らしくてな。風味が良く肉も柔らかいと聞いたんだが・・・」



気に入らなかったか?と小首を傾げるシルバにとりあえず私はぶんぶんと首を振った
ここで気に入らなかったですなんて言ったらどうなるかなんて想像したくもなかったからである。

気に入る、気に入らないの問題ではないでしょ!とまずは叫びたかった。

そりゃ、人間だもの、誰だってお肉は食べます。
宗教的に豚は駄目だとか、牛が駄目だとかなんていうのもあるけれど、自分の家がどの宗派かだなんて滅多に知る機会が無い、たぶん仏教のどれかではあるんだろうなぁと曖昧に思うくらいにしか感心が無い日本にいた私にはそんなものなんのそので、生理的に受け付けないもの以外はなんでも食べるし、まぁ、許せる。


しかし、だ。



「ブモ!」


現代日本に、それを仕事にしている人以外で豚を捌ける人は果たしてどれだけ居るのだろうか。
鶏ならまだしも、豚だなんて少なくともごろごろはいないだろう。

え、お肉?ってスーパーに売ってるよ?その前?どこからくるかって?んーわかんなーい。

なんて言う都会っこが溢れる日本だ。
んもう超平和。ぶっちゃけ金があって、ネットにさえ繋いでおけば、家から一歩も出ないでも生活できる。その恩恵に肖っちゃったニートさえ生み出してしまっている日本社会。

まぁ、ここで私が何を言いたいのかと言えば。




「今日は鶏の気分だったので。」

「ブモ。」

「・・・これか?その豚。」

「あら、」



豚なんて捌けるわけないだろぅううう!

ゾルディックは異常だというのは常識であるが、もう本当に予想以上に異常だわこの家、と今日は改めて思ってしまったよ、ははん。

ブモブモ鳴きながら私の後ろをほてほて付いてくる子豚を捌けと?
無理だ無理無理マジで無理!
ちょっと可愛いし!

ていうか手土産で子豚を生きたまま連れてくるってどうなの?
まだミニブタとかペットのノリで連れてきてくれるのならまだしも、この人ったら本気で



「なんだ、俺が捌こうか?



キラリーンなんて効果音が出そうな感じにナイフを取り出す辺り、ガチで食料扱いですよねー!


これまたぶんぶんと首を振って、必死で止めてしまった。



「いえいえいえ!とりあえず今日は鶏ですよ、鶏!わさび醤油でさっぱりと仕上げてみたので!」



どうぞ食べてみてください!
とずずいと皿を押し出して、食卓の中央へ移動させる。

ジャポン特有のわさび醤油の味付けに興味を示したのかシルバの興味を豚から逸らすことに成功した私はホッと一息だ。

子豚は自分がさっきまでどういう状況に晒されていたのかさっぱりわかっていない様子で、ブモーとかいいながら私の足にすり寄ってきている。あぁもう可愛いな!と内心悶えていたら、え、豚ですよ?という久々のレイの突っ込みが入った。

この可愛さが解らないとは!と憤慨すると、フレンドのセンスはよくわかりませんよね。と溜め息混じりに言われてしまった。
一つ言わせてもらえば、私のセンスが可笑しいのではなく、周りのセンスが可笑しいのである。
・・・なんだかずっとマスターや桔梗と一緒にいると一般認識さえ本当に合っているのか不安になってくる。問題だ。・・・大問題だ。







ふいに、シルバに呼ばれる。

思考をそちらに戻して見れば、マスターは黙々と鶏をつついていて、まぁ食べてるってことは嫌いな味付けでは無いのだろうなぁと思う。
桔梗はシルバのためなのか、嬉々として皿に鶏を盛り盛りによそっていた(頬にソースがついているので後で取ってやろうと思う。あぁもう可愛いな!)。

そして問題のシルバ。








再度、私の名前を呼ぶシルバはポンと自分の隣の席を叩いた。

・・・それは私にそこに座れという意味です、か、ね?

ちなみに今の配置はシルバの前が頬をうっすら染めつつもニコニコと満面の笑みを浮かべている桔梗、その桔梗の横でこちらは盛大に眉間に皺を寄せながらももきゅもきゅしているマスターが座っている。

え、なに、シルバの隣でマスターの前?
そこに、この私に座れと?


ど ん だ け デ ン ジ ャ ラ ス な の 。


え、なに、なんの嫌がらせですか?



「・・・えーと」

、茶。」



どうやって断ろうか、と考えていれば、だんまりを決め込んでいたマスターがん、と湯のみを差し出してきた。
それを無意識に受け取った瞬間には私はお前の妻でも母親でもないんだけどな!と思ってしまったのだが。
(無意識に受け取ってしまった時点でちょっぴり打ちひしがれたのだが。)



「お茶煎れてきまーす」



今日だけはマスターの暴挙に感謝した。

(ありがとう、マスター。できるだけゆっくりじっくり丁寧に茶を煎れたいと思います!)


































「「・・・・・・・。」」



ああもう、空気が重い。

ったら何故気付かないのかしら、と目の前で睨みあう二人を見ながらつくづく桔梗は不思議に思った。
ずず、とが煎れてくれたお茶を啜りながら思うことは自分の周りの人間は鈍感な人間ばかりだということだけ。

睨みあっている二人のうちの一人は恐らく自分がそういう感情を抱いてしまっていることにさえ気付いてないのだろう。
元より彼の人は人付き合いというものが果てしなく下手で、娘程も年が離れている桔梗でさえ、彼よりは人の気持ちがわかるかと思う。

もう一人だなんて、桔梗は知らないだろうが家庭環境故、隔絶した環境にいる所為で人付き合いが苦手なことは比を見るよりも明らかで。



シルバ・ゾルディックのことはもちろん気になる。
ウィルやレイなど、物心ついた頃から美形に囲まれビジュアル基準が半端ない桔梗ではあるが、そんな桔梗の触視にもシルバはがっちりと触れた。
精悍な顔立ちは野生み溢れ、その瞳は狙いを定める肉食獣のように鋭い。
彼が暗殺業などではなく雑誌のモデルを職業にしているのだ、と言われたとしても桔梗は何も不思議には思わなかったであろう。(最初の訪問時にウィルが逐一彼らがどういう職業についているのかを説明していなければ、勝手にそう想像していたのかもしれない。)

しかし、だ。




「どこまでもムカつくガキだな、お前は。」

「ちょうど席は俺の隣が空いてるし。」

「あ?抜かせクソガキ。の席はいつも俺の隣だって決まってんだよ。」

「滅びろこの俺様野郎。」



至極くだらない口論を続ける二人はどこまでも愚かで、けれどという人間に気づけた点だけはどこまでも賢い。

彼女は人を呑む。
いかなる場面でも自分のペースを作り出し、人を取り込み、全てを自分のものにしてしまうかのような力が彼女にはある。
それは彼女の普段の行動や、扁平な顔立ちに隠されてしまいがちだけれども。

感じる者には感じるのだ。感じずにはいられないのだ。
彼女という存在に。

それはもう、麻薬にも近いような。

離れる気など無い、ずっとずっと側に置いておきたい。
自分やウィルなどはもう知らず知らずのうちに彼女の魔力に掛ってしまっているのだろう。

それをつい最近やってきたような少年に渡すような真似をするだなんて考えられない。

例えそれが自分の想い人であろうとも。

自分の父とも思えるウィルにすら。




は私の隣に座るのだけれど、何か文句あるかしら?



幼い頃から一緒にいる、大好きなを、自分以外の他の誰かに渡す気などさらさらない。



にっこりと笑う桔梗はこの世の何よりも恐ろしかった、なんていうのは誰の感想だっただろうか。






It to like mother and to the way of the clinging ..ignorance.. baby.
(それはまるで、母親に縋る無知な赤ん坊のように。)










2009/11/05