夜桜と猫
No.3 a cat doll
「人間だ。」
「・・・はぁ。」
「俺が作ったレイは人形のはずなんだがな。」
「そうですねぇ。」
「なんでだ?」
「いやいや私に聞かれましても。」
自称天才のマスターが解らないというのに自他ともに認める成績不信の私が解るはずもなかろうこの馬鹿野郎が。
・・・げほごほ。失礼。失言。
夜桜と猫
No.3 a cat doll
レントゲン撮影
というものをして驚くべきものを拝見した。
白と黒の配色で濃淡を表すそれはなんかもう素人の私でも解る感じにアレだった。
骨。ほね。ホネ。ボーン。
理科の教科書とか資料とかに載ってるようなアレである。
2年前の私ならばそれが年齢に反してちょっとばかし小さくとも、おおこれがレントゲン写真かーなどとまぬけに思っていただろうだがしかし。
今回はそうも言ってられない。
だって、この身体はレイのもののはずなのに。
人形にこんなにも正確な骨格はない。
マスターはそんなことを考えてレイを作ったわけがないし、ぶっちゃけそんな面倒くさいことを考えているわけがない。
そんな神経質な人じゃないし。つーか逆に結構大雑把な人だし。
一体全体どうなっているんだコレ。
首を傾げつつうんうん唸っていた私にマスターがそういえばと口を開く。
「レイは何て言ってる?」
「それがさっきから呼びかけてるんですけど答えてくれないんですよね。」
マスターの問いかけにもう一度頭の中で「レイ、聞いてる?」と呼びかけた。
いつもなら何も言わないでも勝手にあれはこうだのそれはそうだなどと案外お喋りに言ってくるのだが今回はそんな声も聞こえず。
普段は全く使わないホットラインで話しかけてもまるで途中でハサミか何かでぷっつり切断されているかのように通じない。
シカトかレイの奴・・・!
「・・・っと、マスター何してるんですか?」
「んあー?ちょいと探し物。」
ガサゴソとまるで夏場台所の隅にひっそりと暮らしをたてているアレのようにマスターは右斜め前方のゴミ山を漁りだした。
私がこっちに来てからマスターの居住区周辺は粗方(強制的に)片付けたのだが、唯一断固立ち入り禁止片付け禁止壊したらぶっ壊すとまで言われて守り抜かれたマスターのサンクチュアリ。
そこをマスターは躊躇もなくガッサゴッソと漁りだした。
そんな力任せに掻き漁って後で誰が片付けるんでしょうかね。(私しか居ない。この野郎)
つーかあんな手荒に扱ったらさすがに壊れるだろうアレ。
右斜め前方にもりもりと詰まれているのはマスターの制作した人形たちである。
マネキンがゴロゴロと転がっているのだと思ってもらえれば良い。
夜中に見てしまった時など軽くホラー体験であの時ばかりはレイが居てくれてよかったと心底思ったものだ。心臓止まるかと思った。
ぴくりとも動かないとはいえ、人間そっくりのフォルムにダラリと垂れ下がった手足や長い髪。
なんかホントテレビから凄い角度で這い出してきそうな方々ばっかりなんです。マジこえぇ。
そんな取り扱い注意なんだか不注意なんだかよく解らない人形の山を漁っていたマスターはしばらくするとキラキラと輝かしいばかりの笑顔をこちらに向けた。
(思わずキモいと思ってしまった私は悪くないだろう。容姿は淡麗なのだが中身に問題点がありすぎる。)
「あった!」
「・・・はぁ。」
つーか良い年(二十歳)こいた男がそんな笑顔で掲げるもんじゃないと思ったのは私だけか。
マスターの手に握られているのは、とっても可愛らしい・・・ネコの人形。
まぁなんだ、マスターも人間なんだからきっと幼少の頃があって、きっと今みたいに擦れてない頃もあったのだろう。
その時の遺物なのか。文字通り。
にしてもそれはちょっと・・・まぁ中身を無視すればビジュアル的には全然OK寧ろ世のお嬢様方が目をキラキラ(ギラギラ?)させそうなんですが、私は残念ながら中身を無視できなくて目の毒にしかなりません。物凄い勢いで鳥肌が立ちそうではあります。
マスターはそんな私の視線もなんのその。
ネコの人形をそりゃもう嬉しそうにためつ眇めつ眺めて、懐かしいだのなんだのと呟いた後にバッチリと私と視線を合わせた。
そして、にぃっこりと笑う。
嫌な予感。
え、なんか背中に汗がたらりときてるんですが気のせいでしょうか・・・。
満面の笑みが何故か極悪面に見えるのはマスターの特徴である。
外面使用と名を変えても良い。
「・・・?なんで逃げるんだ?」
「いいいいいいえ〜?ににに逃げてなんか・・・」
「にしては及び腰だな?」
ドモリ過ぎだという突っ込みは勘弁して欲しい。
つーか、かなり、こえぇっ!
ジリジリと後ずさる私を見かねてかマスターはスイッといつの間にか私の真ん前に立つと腰にスルッと手を回してきてくれやがった。
10歳の体になってしまった私と20歳のマスターとだなんてかなりの身長差がありすぎるだろうになにこの早業。どうなってんだ。
これまたいつの間にか顎を捕らえられるとクイッと傾けられる。
・・・いや、ちょいとこの状況はヤバいんじゃないでしょうか!
「ままままマスター、ロリコンですか!?」
だからあんな綺麗なレイにも手を出さなかったんですか!
と叫べばぶわっとマスターの後ろの黒いものが増殖
する。
ひぇえええ!!じじじ地雷踏みましたかぁあああ!!
そしてもんの凄い怖い顔(しつこいようだが満面の笑みである)をしたマスターの顔が近づいてきて、マスターの蒼い瞳にレンズに映されたように自分の姿が映って。
思わずギュッと目を閉じた。
「バーカ」
その直後、呆れたようなマスターの声と共に、ぎゅむっと。
押し付けられるように何かが唇に触れる。
のだが、何か違う感じ。
唇と唇と言うよりは寧ろ唇と布って感じで。
言ってみれば、いつの日か部活の合宿で朝いつまでも起きなかった私に、友人が見かねて顔面に枕押しつけられて危うく酸欠で死にそうになったあの日(苦い思い出)の感覚。
不思議に思い、瞑っていた目をそろそろと開けて、目に入ったのは、クリクリとしたお目目が可愛らしい―――あのネコの人形。
お?と思う間も無く離れていったネコはまぁ予想通りマスターの手の中
にちょんまりと治まっていて、首を傾げる。
「奪っちゃった?」
「とりあえずマスターと生じゃなかったことに感涙ですが」
ニヤリと笑いつつ首を傾げたマスターに少なからず殺意が芽生えたりしたが、とりあえずホント、生チューじゃなくてホッと致しました。
そう正直に言えば「可愛くねー奴」と面白くなさそうに呟かれた。
可愛くなくて結構。
余計なお世話である。
親兄弟をカウントしなければ私のファーストキスを奪われるところだった。
全力で遠慮したい。
「・・・情報入力を、マスター。」
マスターと実のないケンカをしていれば突然聞こえてくるレイの声。
今はこの体を使用しているのは私のはずで、でもいつものように頭の中に響いてくる声ではなく、肉声で聞こえた声にびっくりしてキョロキョロと発信源を探せば「ここです、フレンド。」とまたレイの声。
「・・・は?」
「フレンドのことはなかなかに興味深い対象ですがその品性をドブに捨てたような返答は如何かと。」
「ん、上手くいったみたいだな。」
さすが俺!と満足げに頷くマスターにいつもなら自分で言うなと恒例になってきてさえいる冷たい視線を送るのだが、今回ばかりはそんな余裕はなかった。
ネコが・・・ネコの人形が喋った。
しかもレイの声で。
マスターの手にあったネコの人形はぴょんと―――何故か私の肩に飛び移る。
盛大にビビりながらもそれを甘受すればネコの人形が顔を覗き込むように、体を傾けた。
その際に落ちないようにか私の髪の毛をがっしり掴まれたので気が気でない。
ひひひ引っ張るなよ!?
覗き込まれたネコの人形の瞳は確かにレイのそれのような、最初の頃は鏡をみる度にびっくりしていたガラス玉のような透明で。
えーと、その。
「レイ?」
「何ですか、フレンド?」
マジですか?
I am like it , and it is fantasy .
(そんな、ファンタジーな。)
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