夜桜と猫

No.5 bellflower







ぺしり


と小さなもみじのような手のひらが頬に当たった。

その精一杯の意思表示に応えて視線を向ければ、だー、と発せられる言葉。


「・・・何言ってんだ?」

「・・・さぁ?」

「あーはいはい、ミルクねー」


おま、赤ん坊の言葉なんてわかんのか!?
フレンド、魔法使いですか!?

というマスターとレイの言葉には、んなわけあるかと即座に突っ込んでおいた。

レイがどんどこファンタジーな考えを持つようになってきているような気がする今日この頃。









夜桜と猫
 No.5









黒い箱の中に入っていたのはこれまた黒い髪を持ち、漆黒の輝きを放つ瞳を持った人間の赤ん坊だった。

しばらく考えて、とりあえず連れて帰るしかあるまいと我が家(マスターの家)に連れて帰り、マスターに見せて発された一言が


「捨ててあった処に戻してきなさい。」


これである。
犬猫のように言われてピキリと思わず米噛みが動いたのは仕方のないことだと思う。

ここは流星街、何もかもが捨てられる街なのだから、赤ん坊の1人や2人、捨てられていることは悲しいことに結構な頻度である。
いつもならこの街の区役所といっても過言ではないような(しかしあそこの役員はどちらかと言わずともヤの付く自由業な方々にしか見えない)センターに連れて行き、後は任せきりにしておくのだが今回はそうもいかなかった。

もみじにしっかりと最近伸びてきてしまった髪の毛を離すもんかと掴まれ、イヤイヤというように泣き叫ばれてしまってはここ数年で感化されたとはいえ、元一般人(子供好き)の私がその必死の手を無理矢理引き離すこともできず。
黒目黒髪という、様々な血統が混じり合う此処では見慣れない、自分と同じ双黒ということにも惹かれたのかもしれない。


「犬猫じゃないんですから」

「此処では同じようなもんだ」

「流星街は全てを受け入れる街でしょう?」

「俺にそんな博愛趣味は無い。」

「マスターにそんな趣味は無いことは言われるまでもなく解りますが、私にはすこーしだけ残っていたようです。」


「むしろ、マスターが博愛だなんて言葉を知っているだけで驚きです。」



一瞬寒気がしました。

というレイの先が鋭すぎる合いの手でその会話は打ち切られた。

至って真面目な顔して酷いことをさらっ言ってのけるレイと、その言葉にコクンと頷いて肯定の意思を示す私にマスターは自棄を起こしたらしく、


「勝手にしろ、この親不孝者どもが!」


と吐き捨てた。

レイはともかく、私はいつからマスターの子供になったのだか膝つき合わせて小一時間程話し合いたい心境である。












―――そんな感じで、我が家に赤ん坊が1人、増えたわけなのだがこれがまた以外なことは


「桔梗!!そんなことしたら危ないだろ。お前はコレで遊んでなさい。全く誰だこんな所にナイフなんか放ったらかしにしておいたのは…桔梗が怪我をしたらどうする!?そんなことになってみろ、礼参りには死亡報告書を進呈、文章を現実に帰してやる。」


コレで遊んでなさいとマスターの手から桔梗に手渡されたレイに「それではマスターは御自分を死亡させなくてはならなくなりますね」と突っ込まれたマスターが、

拾ってきた時は一番ブーブー言っていたマスターが


「桔梗は本当になんでも似合うな。ああ、もう、なんて可愛いんだ!!」


マイ エンジェル !!

と、どこからどうみてもの親バカぶりを発揮していることである。

一体全体何処で見つけてきたのか黒と白のレースがこれでもかとたっぷりあしらわれた、所謂ゴシックロリータ風味のベビー服をビラリとその場に広げるマスターに私は思わず白けた視線を送ってしまった。
完璧に親バカスイッチが入ってしまっているマスターにはそんなものへでもなかったようだが。

ここにおいてもう察してくれているかとは思うが、『桔梗』とは拾った赤ん坊のことである。
出会い方が出会い方なので、身元も何も解らない彼女であるが、例の黒い箱の内側に小さく彫られていた桔梗の花にちなんでつけた名前だ。

・・・どこかのお山に住む暗殺一家の奥様がそんな名前だった気がするなんてきっと気のせいさ。

かく言う桔梗は、ナイフを取り上げられてお冠なのかぷくーっとマシマロのような頬を膨らませ、


「だーぁ!」


と不満を体現しようとマスターに突進。
マスターはそれももう既に馬鹿としか言いようのないような、でれぇっとした顔で受け止める。

寒気がした。

思わず顔を背けたレイを見る限り、一瞬にしてぶわっと鳥肌がたったのは私だけではないらしい。


「・・・マスター、もう18時ですがお仕事はいいんですか?」


気を取り直すように、はふん、と溜め息を1つ吐いたレイの言葉にマスターはピタリと面白いくらいに固まった。

桔梗を拾って、マスターはそれはもう気持ちの悪いくらいの変態に変わってしまったが、1つ良い事があるとするならばちゃんと‘生きるために’仕事をするようになったことだろう。

もっぱらその金は桔梗の服やら何やらにつぎ込まれているのは言うまでもないが、暇だからとかいう下らない理由で大手企業のセキュリティーに侵入し、極秘事項をハッキングするのが趣味、という荒みきっていたあの頃と比べればちゃんと働いてくるのは良いことである。

ただ、18時に家を出て、20時には帰ってくるマスターの仕事とやらがどう考えても真っ当な仕事ではないのは、通帳に記入される0の数を見れば明らかである。
いくら私のいた元の世界と違うからって、あの桁は有り得ない。

慌てて玄関の扉を潜って出て行ったマスターにレイと一緒に溜め息を吐きつつ、私は夕食の準備に取り掛かるべく台所に向かった。









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