夜桜と猫

6 One envelope





私たち2人を見て


「そうやっているとお前ら姉妹みたいだな。」


と言ったのはマスター。
私はといえば、冗談は止してください、と至極真面目に答えた。
だからして、


「え、違うの?」


とコキンと可愛らしく首を傾げてこのデンジャラスな科白を吐いてくださったのは私の隣に立つ黒髪美人である。













夜桜と猫
 One envelope














「・・・桔梗?あんた一体誰があんたを育てたと思ってる?」

「え、レイでしょう?」

「私は?」

は私とそう年も変わらないじゃない。」


桔梗、八歳。
真夏の雲一つ無い快晴の空の下。

ショックである。
いくらなんでもそれはないんじゃなかろうかと思う。
慣れない育児にも、真夜中の泣き声にも、捨ててあった本やら昔学校の家庭の時間に習った事柄を必死に掘り起こして、育て上げた子に「お前は何もしてないだろ」発言されるとちょっと泣きたくなる。
ていうか本気で目頭が熱くなった。

あの頃の私の努力は水の泡かッ






レイの身体を言い方悪いが乗っ取ってからというもの、私の身体は一切成長というものをしなくなってしまった。
あの頃のまま、十歳のままなのである。

だからして、意外に何かと力仕事が必要になってくる育児においてはレイと意識をリンクさせて、マスターの作った“01”のフォルムで行っていた。
何故かレイと意識をリンクさせればそうなるのだが、もう今更驚かない。
この世界、何でもありである。


だからか・・・ッ!


と私は思わず打ちひしがれた。



「・・・なに、んじゃ桔梗の母親はレイなわけ?」

「そうよ。は姉様でしょう?」

「・・・マスターは?」

「父様。」



一 瞬 意 識 が 凍 結 し た 。

レイが母親で私が姉で、では一緒に住んでいるマスターはどういう存在だと認識されているのだろうかというちょっとした好奇心だったのだが、聞かなきゃ良かったと心の底から後悔した。

まぁ・・・まぁ、マスターはデレッデレの親バカぶりを惜しみもせずに披露しついたのだから、そう思うのも無理はないのかもしれない。

しれない、が。

その計算でいくと01フォルムの私とマスターが夫婦ってことになるじゃないか。
やめてくれ、おぞましい。


「あのな、桔梗。」


重い口を開き、私は桔梗に説明すべくがっしりと肩を捕まえて、目を据わらせた。
これ以上、桔梗に間違った認識を持たれるのはごめんである。

















「前々から思っていたけれど、って本当にわけわからないわよね。」


一通り説明を終えて、ポツリともらされた言葉に私は再度打ちひしがれた。
わけわからない、何でも有りな世界の(しかもそんな中でも群を抜いてわけがわからない)住人にわけわからないって言われた・・・!


「まぁ、は最初からわけわからんかったからな。」


二人目・・・!!
しかも個人的に日々不可思議なことを起こしまくっているマスターにだけは言われたくない。


「・・・・・・。」


だけれども。
自分でも実際わけがわからない状況が今現在進行中なので、無言で茶を啜るだに終わらせた。悲しい。



「にしても、フレンドのことはともかく、私のことを何の疑問も持たずに甘受していたことの方が私としては異常だと思うのですが。」


キキョウの膝の上でコテ、と首を傾げるレイに私もマスターもそれもそうだとうんうん頷いた。
なんたってレイは私とリンクしていない状況では、摩訶不思議喋るネコの人形なのである。
軽くホラーな領域。


「う・・・だって、幼い頃からそれが当たり前だったのよ?そういうもんなんだって・・・思ってた・・・。」


尻すぼみになりつつ発されたキキョウの台詞。
自分の認識が間違っていたことに羞恥を感じたらしく、俯かれた顔は見えないが、黒髪の間から覗く耳は真っ赤に染まっていた。

・・・こんなかわいい子が、あんな甲高い声の奥様になるのかもしれない、と思うとなんだかいたたまれられない。

とりあえず、喋り口調が今のところ、普通の女の子なのでホッとしている次第である。
これでオホホホホとか笑いだしたら終わる。

っていうか誰が大事な娘を暗殺一家などに嫁がせるものかッ!!

そうインマイハートで拳を固く握りしめつつ意気込む私を見て、一度時計に目を向けたマスターは、あぁそうだ、とでも言うようにこの間の仕事とやらに着て行った服をがさごそと漁ると一通の封筒を取り出した。
上等な紙質のソレはとてもじゃないが、この流星街という街には似つかわしくない。

赤い蝋印で閉じられたソレを私の前に「ん。」と押し出したマスターに私は思わず「は?」とレイに怒られそうな言葉使いで返してしまった。


「・・・なんのおつもりですか?」

「読め。」

「・・・・・・。」


この人はどこまで偉そうなんだろうか。
ぜったい友達いないぞ、コイツ。

と思いながら私は渋々ソレを受け取り、ベリッとその封を剥がした。


「何ですか、コレ。」

「見て解らんのか。招待状だ。」

「イヤイヤイヤ、それは見れば解りますけども。」


さすがにそこまでバカじゃない。

ハンター文字はレイと一緒にいた2年間に既に習得済みである。

というか問題はそこじゃないんだ。

ジッと私は問題のブツとマスターを交互に見た。

それは書かれている日付的に言えば一週間後にヨークシンにて行われるとある金持ちの誕生日パーティーの招待状のようだった。
言うまでもなく、私が知るはずもない人間の、である。
バリウス=ゴールディン。誰だそれは。

何故私が顔も名前も知らない男の誕生日パーテイーの招待状を見せられなければならんのだ。
つーかこの宛名ってガチですか?


不可解で仕様がないと首を傾げつつ、説明を求めるようにマスターをっ見れば、マスターは面倒くさそうに溜息を吐いた。


「次の仕事の関係でソレに出席しなければならなくなった。」

「で?」

「察せ。」

「・・・お一人で行かれては。」


しばらくマスターと無言で目線を交り合わせた。
ジッと眺めているとマスターは首を振りながら、ハァーと深い溜息を吐く。


「社交界に男一人で行くってことは相当モテないか同性愛者かってことだ。」


そうマスターは苦い思い出でもあるのか物凄く渋い顔でごちた。

確かに、マスターの顔は大概の人間が格好いいと称するだろうモテ顔である。
ということは結果的に弾き出される答えは、同性愛者。
そちらの方々から強烈なアタックでも受けたのだろう。
うん、ちょっと見たかったかもしれない


「一緒に行くぞ、。」


嫌です。

とうっかりには言えそうにない雰囲気である。

というかマスターならば、こういうパーティーに行く女性なんてすぐに街角ででも捕まえられそうな気がするのだが。
とは言っても、マスターの明らかに人様に胸張って言えるような仕事じゃない仕事に人様を巻き込む、というのも気が退ける。

溜息を吐き、ついでに有無を言わさぬマスターの態度に私は思わず額に手を当てた。

ああそうですか決定事項ですか。

もう一度、招待状をとっくりと眺めて。
乾いた笑いを浮かべる。





招待状の宛名は


“ウィリアム=ルシルフル”





・・・・・・やっちゃった感がびっしばっしする。


















2009/04/22