夜桜と猫
7 悪夢だ。
「中々似合うじゃないか。馬子にも衣装っていうアレか。」
「・・・・・・・・・っ!・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」
「・・・桔梗、羨ましいのなら後で貸してあげるから。そんなギラギラした目で詰め寄らないで。それとマスター、いつも通りですが一言多いです。」
マスターが用意してくれたのは紅色の、それこそこれでもかとレースがふんっだんにあしらわれた高そうなドレスだった。
たしかに、今日行く誕生パーティーとやらに赴くには日常着ているようなシャツにズボンとかそういうラフな格好では門前払いにされるのがオチだろうとは思う。
社交界にはそれなりの礼儀というものが必要不可欠になるのは当たり前だと思うし、いくらなんでも私にそんなワイヤーロープ並みに図太い神経は備わっていない。
自分では発注方法も発注先も、ぶっちゃけどれを選べばいいのかさえ知りもしないし、解りたくもないこんなビラビラドレスを用意してくれたマスターに感謝こそすれ、文句は言ってはいけないのだろう。
だがしかし、
けどしかし、
どうして、
よりにもよって
コレなのか・・・っ!
姿見に映る自分の姿を見て、目をギラギラと光らせる桔梗を見て、私はそうは思わずにはいられなかったのである。
確かに、桔梗の赤ん坊時代のベビー服は全てではないが、そのほとんどはマスタープロデュースであったりはする。
その点から言えば、マスターの服のセンスはとある一方面においてのみ、とても優れているといっても良いだろう。
なんかカタログとかに載っててもおかしくないようなセレクトのものばっかりだったし。
桔梗を拾ってからというもの、私としては全力で避けたかった、桔梗から遠ざけたかった部類のセンスではあるがそれはそれ、マスターの崇高たるご趣味を邪魔するだなんてそんな命がいくつあっても足りなさそうな所業はしたくはない。
というかマスター、このご趣味はちょっとどころではなく変態くさいですよ。
もう一度、私は姿見に映る自分をとっくりと眺めた。
大きく開いた胸元、きゅっと閉まったウェストから下へフワリと円形に大きく広がる布地。
頭には若干羽のようなふりふりひらひらした装飾物を勝手につけられ、なんかもう着せ替え人形状態だった私は心の中でシャウトした。
ああもう、
―――どうして中世ヨーロッパ風なのか!
直後、オホホホホッ!と高笑いするキキョウ奥様の姿が脳裏を駆け巡った。
レイやマスター、桔梗にも不振な顔をされながらも大急ぎで空中切りをして、その映像をかき消したのは言うまでもない。
・・・なんて恐ろしい。
悪夢だ。
夜桜と猫
「・・・随分と、今日はご機嫌じゃないか、ウィル?」
ボーイから受け取ったグラスを手に、独り壁際で佇んでいたウィリアムに、一人の男が彼と同じようにボーイからグラスを受け取りつつ話しかけた。
と会場に入った後、一通りのエスコートを終わらせたウィリアムは早々にの前から姿を消し、今回のこのパーティーの主催者でもあるバリウス=ゴールディンを観察していた。
一度不自然の無いようにバリウスに挨拶、接触した後もずっとよって来る女性を柔和な笑みであしらいながらもウィリアムはそこに佇んでいたのである。
今回のターゲットでもあるバリウスの周りにはボディーガードらしき、それこそ王道の黒スーツに黒サングラスといった厳つい男が4人、秘書らしき眼鏡をかけたスーツの女性が一人。
これくらいの人数ならば仕事をするには何の支障はないのだが・・・
今回は、パートナーが問題だ。
ウィリアムはバリウスから視線を外し、先ほどから自分を注視してはニヤけている、隣に立つ男を横目で見た。
すらりと高い背、クセはあるがなめらかな手触りが予想できる銀色の髪、まるで計算されたように可もなく不可もなく付けられた筋肉のその麗しき肢体は今は上品なスーツに覆われて顔を潜めている。(いつだか彼は着痩せするタイプなのだと苦笑しつつ言っていた。実際、言う通り彼は脱げば凄い。)そんな彼の整ったマスクには人を食ったようなニヤニヤとした笑みが隠そうともされずに浮かべられている。
そこがまたウィリアムの神経をさかなでた。
かの有名な暗殺一家の現代当主の彼がウィリアムの今回のパートナーなのである。
ゾルディックと言えば裏でも表でもその名を知らない者はいないといわれる暗殺一家。
その手腕は、事細かに調べるまでもなく、自然に耳に入ってくるほどに有名だ。
流星街のコミュニティの仕事先である日ばったり行き当たり、知り合ってしまった彼とは気が合うのか何なのか、その時は商売敵であったのにも関わらず、今ではお互いが仕事関係無しに連絡をとるくらいには親しい。
悪友みたいなものである。
今回の仕事はそのゾルディックからのウィリアム個人に対しての依頼であったわけだが、前回の社交界での仕事時に同席していた彼からの依頼に少しは疑いを持つべきであったのだとウィリアムは珍しくも後悔した。
コイツの事だ。面白がるに決まっている。
「・・・お前は、今日は遅かったじゃないか、ゼノ?」
一つ溜息を吐きつつ、話を逸らすべくウィリアムはゼノに声をかけた。
ゼノは何がそんなに面白いのかクックと喉で笑いながらもそれに応える。
「あまり早く来すぎてもお前に助け舟を出すようで面白くないだろう?」
「・・・俺を何だと思ってるんだお前は。」
「友人だろう?見てて面白い、な。」
「友人は観賞用ではないと思うんだが。」
「そうか?まぁ俺の実家に友人なんて定義はないからな。」
「はぁ・・・。で?」
額に手を当て、再度溜息を吐きながらもウィリアムはゼノを睨みつけた。
先に言った言葉だけが真意だとは到底思えない。
ていうかそうだとすれば俺は本気でこいつとの関係を考え直す。
とウィリアムは思う。
ゼノはと言えば可笑しそうに笑いながらそれに応えた。
「まぁ、それだけが理由とは言わんがな。」
「それだけが理由だとか抜かしやがったらこの仕事放棄するぞ。」
「・・・今日はちと連れがいるんだよ。」
ゼノは話が変わることに面白くないという風体を示しながらも口を開いた。
2009/5/31
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