夜桜と猫
8 silver wolf
「・・・はぁ。」
今日何回めかの溜め息を吐く。
この場に私を連れてきやがってくださったマスターは会場に入ってしばらくしたらさっさと何処かへ行ってしまったし。
まぁ、マスターの人様には聞かせられないだろう仕事に巻き込まれるのは全力で遠慮したいので、連れて行かれても困るのだが、こう、放置プレイされるのも困るというか私にそんな趣味はないというか。
パーティーに出されているものはそれはそれは高そうで美味しそうで、ここにタッパーさえあれば桔梗にも持って帰ってやりたいくらいなのではあるのたが。
こんな金持ちばかりが集まるような所にタッパーなんてそんな庶民的なものがあるわけもなく、またこのドレスを着てるせいで、ていうか桔梗に 嬉 々 と し て 閉め上げられたコルセットのせいで(死ぬかと思いました、えぇ!!)、食いだめることも叶わず、自分で言うのもなんだが私は壁の花を気取っていた。
やる事もやるべき事も無いのだから致し方無いのだが、こう、
おあづけ食らってる犬の気分っていうか…ッ!!
思わず、あまりにも目に毒だということで離れたテーブルに視線を向けてしまった。
だだっ広いこのホールのような部屋には数カ所に分けてテーブルが置かれている。
立食形式と呼ばれるものなのであろう、そこに置かれている食べ物も食べやすい大きさに切り分けられており、小皿なんかも端々に大量に用意されていて、どれもこれもが僕は高級品ですと訴えてくる感じ。
何でもないというように置かれている皿でさえもピッカピカできっとというか絶対、ゴミ山からまだ使えるモノ探そう冒険ツアー!が日課の私からすればそれこそ死にたくなるようなお値段なんだろうし、どうぞご自由にとばかりに置かれた料理は私の1ヶ月分の食費諸々があっという間に消えてなくなりそうなお値段なのは想像に難くなかった。
というか私は白いコック帽を頭に載せたコックさんが常在しているのなんかグルメ番組以外で初めて見ました。わお。
きっと一口いくら計算が馬鹿らしくなってくるんだろうなぁと思う料理たち。
それを目の前にしながら食べれないというこの
も ど か し さ !!
思わずキーッとか言いながら地団太を踏みそうである。
◆
彼女は妙だった。
いや、細い肩に細い腰、少し力を加えれば折れてしまいそうな細い腕と足はすらりと伸びており、世の女性が羨むだろう肢体がドレスの上からでも解る。
美しく結い上げられた髪は夜に浮かぶ月のように滑らかで美しい輝きを放ち、深い光を放つ瞳は黒燿石。
淡く色付く頬とぷっくりとした唇は艶やかささえも醸し出している。
どこからどう見ても完璧な女性だった。
どこかの大財閥の娘だとか、人気をはくしている女優だとか言われても何も疑問は持たないだろう。
実際、彼女がこの会場に入った時、その場に居たほとんどの人間が彼女に視線を奪われていた。
しかし、彼は彼女を妙に感じたのだ。
どこか、妙だ。
それはどこだろう、と彼は考え、その答えはすぐに出た。
鏡を、見ないのだ。
会場に入ってから、ただの一度も。
共に入ってきた男と別れた後も、用意されている食事を少しだけつついた後も。
普通の女性ならば気にするはずの身なりというものを彼女は全く気にしなかった。
確かに彼女の身なりは素晴らしいまでに完璧なのだが、それでも、一度だけでも見ないというのはおかしい。
何人かの男が彼女に誘いをかけていたが、それをにこやかな笑顔でもって断り、彼女はずっと壁の花になっていた。
たまにほぅ、とその愛らしい唇から漏れる溜め息や、宙にじっと注がれる視線に何を憂いでいるのだろう、と美しい彼女が気になるらしく、他の男もチラチラと彼女に視線を向けるのがどうも気に入らない。
彼をここに連れてきた父親はどこかにフラフラと行ってしまったし、今日は連れてこられただけなので彼本人に仕事はない。
暇であったし、彼自身もなかなかに、こちらは女性からの甘い視線を注がれ辟易していたところでもあったし。
「もらうぞ」
客たちの間をスイスイと器用に歩くウェイターの銀盆の上から二杯のカクテルグラスを取り、彼は歩き出した。
◆
「どうぞ」
横からあまりにも自然に差し出されたグラスを思わず反射で受け取って、これまた反射的に笑顔でありがとう、とお礼を返してしまった。
先ほどから有り難いことに何人かに話しかけられた私ではあるのだがどうせこのような煌びやかな所に出席する方々とこの貧乏人代表ともいえる私が話など合うはずもなかろうとやんわりと断りを入れ、さっさと帰りたい早くマスター帰ってこないかなとぼーっとしていたからかもしれない。
というか、先ほどから耳に入ってくる話といえば、株がどうだとか、自分の会社がどうだとか、どこどこの誰ソレがなんだとかでさっぱり解らないというか着いていけない。
金持ちの考えることは解らないとはよくいったものである。
会話が聞こえた時は断った自分に良くやった!!と声をかけてやりたかった。
だって意味解らん話を永遠と聞かされるよりかは独りで居る方がマシ。
もちろん、誰かが近付いてきていることは気配でわかっていたのだが、自分が話しかけられるのだとはよもや思わず、意識をそちらに向けるのが少し遅れてしまった。
いつものマスターやレイ、桔梗と同じような反応をしてしまった彼にやっちまったと目線を向け、再度、
や、 や っ ち ま っ た !!
と思った次第である。
グラスを差し出してきたのは一人の少年だった。
今の私のような、レイのフォルムの銀色の髪とはまた違う、漆黒の闇に叫ぶ狼のような銀色のクセっ毛。
ギラギラと意志の力で輝く瞳は肉食獣のような力強さを放ち、目鼻立ちのしっかりした面差しは幼いとはいえ、その顔に整って収められている。
つーかコイツ見覚えあるわぁいやいや若いね!!
なんていう思考回路は迷わずシャットアウトした。
・・・確実、死亡フラグがたっている気がする。
マスター早く帰ってきてぇえええ!!
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