夜桜と猫
9 A hardship person
とっても遠い所におられるであろう父上様、母上様、お元気でしょうか。
こちらに飛ばされ早数年、色々とご迷惑をかけたかと存じます。
もしかしたらもう捜索願いやら何やらが出てたり、下手したら死亡届け的なものが出されているやもしれませんが私はなかなか元気に
や っ て い ま し た 。
・・・昨日まで。
◆夜桜と猫
A hardship person
どどどどうしてこんなことにってしまったのだろうか。
目の前には先ほど知り合ったばかりの、一方的に顔見知りだった少年の大きな背中。
あぁ、男の子はやっぱり大きいなぁなんて愛娘桔梗と比べてみたりして、慌ててそんな考えを頭の中から追いやった。
そんなのんびりしている場合じゃねえのです。
「ガキ、大人しく退かねえと痛い目見るぜ?」
なんて拳銃を構えながらいう、少年の肩越しに見える男の人に逃げてぇええと全力で叫びたかった。
痛い目見るのは確実に貴方ですから!!
死にたくなかったらマジ逃げてぇえええええっ!!
◆
少年からグラスを受け取った直後、パーティー会場に不釣り合いな男の怒声と銃声、ドカドカという荒々しい足音がホールを満たした。
足音はあっという間にすぐそこまでやってきて、ドカンとこれまた荒っぽく扉が開かれて数人の男が姿を表す。
揃いのツナギを身に付けた男達はそれぞれがそれぞれ異なる銃火器を武装していて、パンパンと何発か宙に向かって発砲した。
何だ何があったと騒ぐ男性の声と、キャー!助けて!と耳鳴り声をあげる女性の声で騒がしかった会場は、その銃声と男達の中から現れた、殊更に背の高い男の「黙れ」という地を這うような声によって一瞬で大人しくなった。
おそらくこの男がこの襲撃犯たちのリーダーなのであろう、男は大きな声で自分たちの要望を叫んだ。
このパーティーを主催しているバリウス氏への恨み、その誕生日パーティーなどに出席している客達への罵声にその場にいたほとんどの客が隅の方で肩を強ばらせた。
淡々と、しかしたっぷりと怒りを込められた男の叫びに恐怖からかなんなのか、言葉を発する者は一人もいない。
そんな、中。
「・・・馬鹿らしい。」
心 臓 止 ま る か と 思 っ た 。
同時に、何言ってるのこのお坊ちゃんはぁあああああ!!と頭の中で叫んだ。
この馬鹿!阿呆!そんな犯人逆なでするようなこと言ってどうするの!
なんてことは思っても口には出さない。
何故って私が殺されそうだから。
このお坊ちゃん、小綺麗な格好してて知らなかったらどこぞの御曹司かと思うけど、恐らく彼の未来は暗殺一家のお父さんだからね!パパさんだからね!
こんなテロリスト集団よりも余裕で危険人物。恐ろしいことこの上ない。
なんで彼が私の隣にいるのか。
ちょっとこれどこで選択肢間違った。
私は思わず天を仰いだ。
今助けてくれるのならば神様だろうが天使だろうがなんだって信じられる気がする。
まぁ、そんなことを、
「今何て言いやがった、このガキ!」
この厳つい方々は知らない、わけですよねぇ・・・。
思わず、明後日の方向を見てしまった私は悪くないと思う。
「馬鹿らしい、と言ったんだ。何だ、その年で耳まで遠いのか?」
大変だな、と心にも思っていないだろう言葉を犯人さん(A)にかける少年に私はそろそろ他人のフリをしようかしらと本気で考えた。
ていうか、元から私は生身の彼とは今日で初対面なんです赤の他人なんです。
だから、
「・・・?何してるんだ?」
なんて言ってさも当然のように腰に腕回さないでぇええ!!
もう凄い形相の犯人さん(A)には何だお前は的な目で見られた私の気持ちをどうか誰か察して欲しい。
そんな、なんで逃げようとしてんだ的な心底不思議に思ってそうな視線向けられましても私は一般人なんでていうかぶっちゃけ目立ちたくないわけでああもう周囲の可哀想に・・・と言いたげな視線が居たたまれない見てるくらいなら誰か誰でもいいから助けて!ヘルプミー!!
なんてノンブレスで(インマイハートで)叫んだ私を犯人さんはニヤァっと嫌な予感がビッシバッシする顔で下から上までねめつける。
いや、何ですかそのちっちゃい子が良いおもちゃ見つけたとでも言いそうな顔。
ガキ大将ですか。
「なかなか上玉な姉ちゃんじゃねぇか。おいガキ、その女、こっちに渡せ。」
ただのエロオヤジでした。
そうすりゃ、てめぇの命は助けてやってもいいぜぇ?
なんていう男に、何てことを言うんだ!と私は彼を止めてあげたかった。
馬鹿かお前はっ!
と。
まぁそんな私の心優しい助言はもちのろんのこと彼の耳には届かない。
何故って例の如くインマイハートだからだ。
なんだろう、この状況。
理不尽。
そんな負の要素満載な言葉の意味を身を持って知りたくはなかった。
「は?何を言ってる。彼女は俺の大切な人でな。貴様如きに誰が渡すか。」
「ほう?ガキ、親から礼儀ってものを教わらなかったらしいなぁ・・・?」
いやいやいや私貴方と初対面ですよね!?とあわあわする私を余所に話はどんどこ進んで行く。
銀狼君はパーティーに退屈していたのかなんなのか、誰がどう聞いても喧嘩腰だし、犯人さん(A)もその喧嘩を買う気でいる。
ちょっと待ってぇええ!その喧嘩、超高くつくからっ!待ってぇええ!
と焦るのは間に挟まれた可哀想な状況の私だけではないはずだ。
きっと隅っこの方で自分に火の粉が散らぬようにとちっちゃくなっているあの人たちだって同じはず。
無論、私とは逆の方向の心配だろうが。
あちら側が良かったと思ってしまった私は 何 も 悪 く な い 。
ぺしぺしと離せという意味もこめて腰に回った手を叩くも、華麗に無視される。
どうやら何が何でも銀狼君は私を巻き込みたいらしい。何故!
「よしガキ、あの世で後悔しやがれ!」
犯人さん(A)が拳銃を構える。
それを見て銀狼君は待ってましたとばかりにニヤッと口角を上げ、ああもうなんて嬉しそう。
このままではどうひっくり返ってもあの世で後悔するのは犯人さんの方であり、彼の家のお家芸である心臓くり抜き死体が一体できあがるだろうことは予想に難くない。
ああもう、今日は何て厄日なんだろうか。
溜め息を吐かずにはいられなかった。
(これも全てさっさと消えてくれやがったマスターのせい。)
.
Copyright(c) 2009 All rights reserved.