月に叢雲 花に風

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  act.11  











「・・・・・・・あぁ、そうそう。思い出しました。」











月に叢雲 花に風
 act.11












にっこにっこと一見無邪気な、内心邪気が溢れ捲くっているだろう笑みを浮かべていたはポンッと手でも叩くように言ってから、くるりと黎深に背を向ける。
そんなの急な行動に呆気にとられながらも依然として黎深はジッとを値踏みするかのように睨み付けていた。
それを痛くも痒くもありません。と言うかのように全身に受けながらも、は内心少々ムカついてきていた。

・・・ったく。何なんだ、この人?
何で私にそんなケチつけるような視線を送ってくるかな。
この人に何かした覚えは全然ないぞ?あ、いや、間接的にならしたようなしなかったような・・・。

でもまぁ、ホント、原作読んでた時も思ったけど、つぐづく仕事をしない人だな。これでよく吏部尚書とかになれたもんだ。

隠れてハッと嘲笑めいた笑みを浮かべるを見て倒れそうになる官吏が幾人か。

ごそごそ、と持ち歩いていた、今は邪魔にならないように室の隅に置いていた巾着袋を漁り、何かを掴んだ後、または平然と黎深の前に立った。
そしてスッとその何かを黎深の前に突き出す。


「これ、紅尚書のものでしょう?」


いやぁ、先日何処からか飛んできまして。

またもやにっこり。
が出してきたものを見て、絳攸は目を見開いてから思わずと黎深を見比べた。


黎深様・・・!?
また邵可様と一緒にいらした方に自分はあまり一緒にいれないからって腹いせに扇子投げつけたりしてるんですか!?


とか


は邵可様とお知り合いなのか?
というかその行為は自殺行為の他の何者でもないぞ、!!


とかいう思考が一気に絳攸の頭の中を駆け巡る。
それはもう一揆のように。怒涛の勢いで。

そんな絳攸の思いを知ってか知らずか(多分知ってる)、は「いらないんですか?」と言葉を発す。
さりげなくこの扇子は黎深の物だということに決定済みだ。
というかそれしか思いつかないし、何しろ飛んできた場面が場面だし。(act.6参照)

「・・・・・・・・・・・・・・。」


無言でその扇子を受け取る黎深。(やっぱりあんたのか。)
一方、笑みを全く崩さない

吏部官吏達が逃げ出したくなる衝動に駆られ、でも後が怖いのでそうもいかずに只ただ、その場に凍りつくしかなかった。というのは後に涙ながらに語られた事実だ。


・・・何か喋んないかな、この人。


ポツリとはそう思った。
というか呼んだのはそっちなのだから何かしら話をするというのが一般的な礼儀じゃないのか。なんでずっと黙りこくってるんだこの人。
とイライラしてくる。(もちろんそんな感情は一切表には出さないが。(にっこり))

無言の攻防戦がどれくらい続いただろうか。
仕方ない、と言わんばかりに内心で盛大に溜息を吐いてからはまた口を開いた。

というかさっさと仕事に戻らないと。
何故か絳攸さんとか固まっちゃってるし、中には涙してる人とかいるし
まぁ、どちらにしろ、仕事が全然進んでないし?
何やってるんだろ、みんな。

我関せずの術はものすごく難しい・・・!
と改めて実感した吏部官吏たちであった。


「紅尚書は邵可さんの弟さんですよね?邵可さんから色々と話は伺いましたよ。」


笑みを崩さずに言ってやれば案の定、黎深は勢いよくその話題に飛びついてきた。
というか目が純粋な少年(本当は邪まな大人)が何か面白いものを見つけた時のように爛々と輝き、さっきまでの射殺すような視線から一変して、


「何ィ!?兄上が私のことを・・・!?」


と食らいつくような勢いでの方に身を乗り出した(近い!)。
曰く、もっと聞かせろ!と。
そんな黎深を見てまたもやにっこりと笑みを深くし、は口を開いた。


「はい。(やる気を出せば) 何でもそつなくこなしてしまう偉い子だし、(偶に情けない所もあるが) 頼りになる(変態だけど) 自慢の弟だと仰っておられました。」

「・・・そうか。兄上は私のことをそう思ってくださっているのか!・・・自慢・・・・・・・ふふふふふふふ。」


の言葉を聞いて頬の筋肉を緩ませ、口の両端を上げて不気味な笑い声を出す黎深。
よっぽど大好きな兄上からの“自慢”という発言が嬉しかったらしい。
どれだけ兄バカなんだか。
そんな黎深に内心、心の底から呆れながらもは「では。」と仕事を再開した。

嘘は言っていない。
ただ、ちょっと色々と省いてみただけで。

内心でそんな黒いことを考えなからもてきぱきと仕事をまるで何事もなかったかのように再開したに吏部官吏達はある種、尊敬の眼差しを向け、そして気をとりなおして(なにせダイヤモンドダストは本当にあったのかと疑いたくなるほど綺麗に消えた)自分達もと仕事を再開させた。


―――やっぱり、紅黎深は邵可さんの話を出せば扱い易い人だな。


というの考えを他が聞けば「それはありえない!」と全力で首を横に振って否定するだろう。
それはもう首がもげる勢いで。


「・・・紅尚書。仕事しないならしないであまり煩くしないでくださいね。邵可さんに言いつけますよ。」


しばらくしてから尚書席で未だ怪しげな笑いを漏らしている黎深に向かっては事も無げにズビシッと言葉を発した。
にとっては上司とかそいうのも何も関係はないし、というか七家の人間でしかもその宗主であろうがなんだろうがどうってことない。

というか、気にしない。

もとよりこの世界の人間でもないのでそういうのは一般常識として恐れられているかもしれないが、にとってはこの目の前にいる人物は只の兄バカだし、頭の回転はすこぶる速いのかもしれないが事邵可さんの話になると只のバカだ、と認識している。
ので、何も臆することなく言った言葉だが、それを聞いた吏部官吏たちが気を失いそうになったことはが知る由も無い。

その後、の「邵可さんに言いつけますよ」発言が効いたのであろう、黎深が猛スピードで仕事をしだしたのは言うまでもない。
そして、「私はちゃんと仕事をきっちりこなしているだろう?」という視線をに向けたどっかの兄バカがいた、ということだ。

・・・・・邵可さんに伝えろっていう意味?それ。


その後、はあの大量な仕事が片付いた後に吏部官吏たちから涙ながらに礼を言われたのは・・・まぁ、また別の話。
















2007/03/17
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