月に叢雲 花に風
act.13
パチリと、は固く閉じていた目を開けた。
月に叢曇 花に風
act.13
「だから!付いてこなくてもいいですから!ちょっと!?聞いてますか藍将軍!?」
ていうかあんた本当に私のこと見てますか!?
あの後、絳攸が黎深に呼ばれて行ってしまったのではさっそく先程絳攸から任せられた書巻やら何やらを大量に抱えて吏部を出た。
一人で、出たはずだったのだが・・・
何でこの人付いてきてるんだ・・・
はぁ・・・と盛大に溜め息を吐いてしまった。
吏部を出てから数十分。
その間この男はずーっとの後をストーカーよろしく付いてきていた。
うざい。限りなくうざい。
何か用があるならまだしもこちらは藍楸瑛になんて用などあるわけもないし、向こうも何も応えないところをみると用は無いらしく。
さっきからずーっとにこにこと胡散臭い笑顔での後を付いて来ている。
「・・・何か私に用でもあるんですか?藍将軍。」
ピタリと足を止めて振り替えって見ればやっぱりあの胡散臭さ大爆発の笑顔が目に入る。
あー、なんか朝から豚カツ食べた気分。
気分悪ぃー。
「いや、別に?」
「無いのなら何故私の後に付いて来るのですか。さっさと持ち場に戻られては?」
「まぁまぁ、そうツンツンしないでくれないかな。傷付くだろう?」
「そんなことは私が存じる事ではありません。それに不快に思われるのでしたら今すぐ私の前から去れば如何です?」
「あはは、私は君に些か興味があってね。」
・・・・・・・・・今、笑って無視しやがっただろう藍楸瑛!
ピキリ、との米噛みに血管が浮いた。
「私は藍将軍に興味を持たれるような覚えはございませんが?」
「いや、それがあるんだよ。君って10年前の―――王華乱に関わっているだろう?」
にこりと笑っていたはずの楸瑛の瞳が、キラリと、光った気がした。
―――王華乱―――
約10年前、先王が病で床に伏せっていた時のことだ。
その時の臣下達は早く先王に時期国王を決めさせようと躍起になっていた。
そして、あわよくば自分と繋ぎのある者を王にしよう、と企んでもいたのだ。
何度も先王に催促してきたが先王はいつまでたっても首を縦に振ろうとせず、ただただ自室に篭り、沈黙を守り徹していた。
そんな先王を見て臣下達は時期国王を決める事は一先ず諦める事にした。
元より先王はその麗しい顔に似合わず“こう”と決めたら梃子でも動かない頑固な性格の持ち主だったのでその時はそうするしか他に手がなかったらしい。
そこで臣下達は考えた。
そしてその中のある一人がこう言った。
曰く「では、先に后を決められては如何か。」と。
今考えて見れば王よりも先に后を決めるなんてことはありえない話だがその時の状勢から言うとそれが最良の策だと思われたらしい。
極一部でその阿呆らしさに気付いた者もいたが、水面下で繰り広げられる醜い争いに見て見ぬ振りを決め込んでいたようだ。
そして、后候補が数名上がった。
容姿・家柄・教養、その他も申し分ない若い年頃の娘が后候補として設けられた。
そして、ある日のこと。
その后候補の中から誰を后にするのか決める日がやってきた。
もちろん、先王も時期国王もいないところで、だ。
「・・・・・娘たちはまだ来ないのか!?」
「もうそろそろ来るはずなんだがな・・・。誰か呼んでくてくれんか。」
指定の時間になったというのに現れない娘たちに痺れを切らし、一人の男が呼びに行った時のこと。
「来ないよ。」
突然、一人の少女の声がした。
そこにいた全員が驚いた目でその少女を見る。
いつのまに、どうやって、という考えが口に出る前に少女はその幼い外見とは違い正確に次の言葉を発していた。
「お姉さん達は来ないよ。」
少女はにこりと笑う。
見たこともない、どこか異国の服をその身に纏ったその少女に何故かその場にいた全員が目を奪われていた。
その小さな体のどこから出しているのか、どこか、艶やかな女性を思いたたせるような雰囲気をかもし出すその少女から誰も視線を外せられない。
少女は淡々と言葉を発っしていた。
「お姉さん達は連れて行かれちゃったんだよ。」
言葉を失くしていたその場にいた誰かが、「誰に」と小さく吐息のように呟いた言葉はシンとした空間ではちゃんとその少女に届いていたらしい。
クルッと少女はその言葉を発した男の方を見た。
「あなたには関係ない。」
冷たい、声だった。
そしてまた少女は元の音域に戻る。
「人の道を外れてしまったあなた達の変わりに、連れて行かれちゃった。」
くすくすと、何が楽しいのかずっと笑っているその少女。
その姿は、人の姿をしているというのに、何故か人あらざるもののように見えてしまう。 また誰かが「何処へ」と呟いた。
少女はそのくすくす笑いを止めずに言う。
「さぁね。」
ひゅっと一陣の風が吹き抜けた。
急に吹いたというのにその風は中々の強風でその場に居た全員が思わず瞳を閉じてしまう。
「なっ・・・・!?」
次の瞬間、少女の姿はそこから掻き消えていた。
その後、娘達を呼びに行った男が、「娘達が消えた!」と慌てて駆け込んできた。
その後―――娘たち、そして、その少女の姿を見た者は誰もいない。
「・・・関わっているわけがないでしょう?」
は一度深く目を閉じてからパチリと開け、楸瑛を睨み付けた。
大体、自分は異世界の人間なのだ。
そうだというのにこの国の歴史に関わっているわけがないではないか。
そりゃ、あの小説を読んだから少し先の未来くらいならわかっているがそれも、こちらで日を重ねていくうちにどうもあやふやになってきている。それにその王華乱とかいうものも初めて耳にした単語だ。
それなのに私が、その王華乱とやらにに関わっている、だと?
馬鹿らしい。
「おや、そうかな?私はどうも君が関わっていると思うのだけど。まぁ君がそういうのならば今の所はそういうことにしておいてあげるよ。」
にこりと、楸瑛は笑った。
女性ならば思わずとろけてしまいそうな笑顔。
だが、今のにとっては何故かイライラとした感情しか目覚めさせない顔だった。
尚もにらみ続けているを見て楸瑛は「まいったね」とひょいと肩を上げ、
「またね。」
ポンッとの肩を一度叩いてどこかへ行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・関わっている、はずが、ない。」
楸瑛の姿を見送ったあと、数分。
は一人呟いた。
そう、自分はそんなものに関わっているはずがないのだ。
なのにどうして
―――――自分はその出来事があったことを知っているのだろうか?
2007/04/09
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