万事屋ビスタ
第10話 風邪っぴき
ねっとりと、執拗に身体を寄せて
ぷん、と思わず鼻を摘みたくなるくらいのキツい香水の匂いを漂わせて
迫ってくる姿が、恐怖。
万事屋ビスタ No.10
トラウマともなりつつある、あの嫌な思い出。
匂いを嗅いだだけでも身ぐるみ剥がされるんじゃないかというあの不安にさえ駆り立てられる。
甘いような、身体に纏わりついてくるような、むせかえるような匂い。
気持ち、悪い。
気持ち悪くて、眉間に皺が浮かんで、嘔吐感さえ。
それが、すっと、呆気無いくらいに、退いた。
ヒヤッとした感覚に一瞬驚いて、驚いた後に気持ちの悪さが消えていることにも驚いて。
驚いている時に、何かが。
「〜〜〜〜!」
何かが身体を触って。
こ そ ば ゆ い !
耐えられなくて思わず身じろげば、一瞬止まって。
ホッとしたのも束の間、それでも再度何かが触る。
ちょっと待てこそばゆいから!
待て!マジ待て!こそばゆいから!!
・・・・・・・・・・っ!?
ちょ、待て!おいコラ待てぇえええ!!マジ待って!!!
顔にかかっていた髪の毛をさらりと耳にかけて、まるで輪郭を確かめるかのようにその手が顎を流れて。
つつつ、と指で腹を撫でて、下、に、手、を。
ちょ、それは、さすがに!!
「待てぇええええっ!!!」
「おはよう。」
ガバッと勢い良く起き上がった同期の友人に楸瑛はにっこりと笑顔を向けた。
世の女人達ならばもう一度、床に沈むだろう優しげな笑顔。
の 、 裏 に
ナニカがあることに女人でもそっちの趣味でもない絳攸は起き抜けだというのにしっかりばっちり気付いてしまった。
さすが朝廷随一の才人。嬉しくない。
「・・・なんでお前が」
「此処にいるのかって?そりゃあ仕事中に倒れたっていう友人を見舞いに来たんだけどね。」
だ け ど ね 。
けど、なんだ。
「彼女、最近お店に居ないからどうしたのかなって思ってたんだよね。」
彼女?
誰だ。店?
―――妓楼か何かのオンナか?
とは言っても、この同期の友人と呼んでいいのか一瞬迷う相手はそんな一人の女に執着する男ではない。
むしろ万年常春な頭で女を取っ替え引っ替え、泣かされた女は数知れず、と聞く。
だいいち、絳攸の周辺にそんな妓楼の女が居るはずもなく。
と、いうことは、だ。
「絳攸、君、万事屋ビスタって店、知ってるかな?」
ああ、予感的中の、これもまた予感。
「彼女―――殿は、何故此処に居るのかな?」
予感は現実になって、絳攸は思わず手の平を額に宛てて溜め息を吐いた。
どれだけ顔が広いんだろうこの二人は。
庶民街で万事屋なんて変わった店を開いている女と、仮にも左右林軍将軍という職に着いている男だなんて普通に考えれば何の接点もないはずなのに。
なんで、この男が彼女の、自分の、誰にも言えやしないがお気に入りともなってしまっている空間にいる彼女のことを知っているのだろうか。
幼子のような独占欲。
「・・・とりあえず、服直した方がいいですよ。絳攸さん。」
室に入って、が一番に言ったのはこんな科白。
「おや、せっかくこれからがイイ処なのに」
「左様ですか。こりゃお楽しみの処をお邪魔しましたね。」
冷たい視線が楸瑛と絳攸を刺した。
「それでは、邪魔者は退散致します。」
では、と早々に室を去ろうとする友の腕を、今まで思考の海に沈んでいたため、独り取り残されていた絳攸が慌てて掴む。
無言で、何かを言いたいが何を言えばいいのか解らないという体でパクパクと口を動かす。
慌てて愉しそうに笑っている楸瑛に視線を向け、―――こいつは使えない。寧ろ愉しんでやがる。と外し、呆れた顔のを見てどうしようとひたすらに捨てられた猫のような表情を浮かべ、最後に自分の格好を見て、唖然とした。
そして、力の限り叫ぶ。
「なっにをしとるんだこの常春頭ぁあああああッ!!!!」
はだけられた胸元
少しズレている腰帯
掛け布団は一悶着あった後のように乱れていて
あと、オプション、乱れた髪。
(私だから良かったものの、違う侍女なら意気揚々と変な噂が起ちますよ。)
(というか衣服を乱したのは君だろう?)
(そうですが、あの状況で男2人というのが何とも。)
(・・・・・・・。)
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お久しぶりです、藍将軍。
店に言ってもいない“お気に入り”が絳攸さん宅に居たのにちょっとイラッと。
好きなものは誰にも渡したくないし、知られて欲しくもないんだ。
―――僕だけが、知っていたい。
2008/9/11
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