万事屋ビスタ

第8話 微妙な説明






紅黎深という男は世間一般に謂われる“天才”に分類される人間である。(個人的に“天災”でもいける。災いだ災い。

その思考はきっと一般庶民である私からしてみれば想像もできないような(ぶっちゃけしたくないような)回路で、そこをよく理解できない考えが駆け回っているんだろうな、と思う。

まぁ、そんなわけでそれプラス、
実は今日が初対面の私はこの男の言っている言葉の意味がさっぱり解らないわけで。
思わずぺーぺー喋るこの男の口を縫い付けたくなる衝動を理性の力で抑えつけ、隣で額を抑えながら同じく話を聞いている絳攸さんに向かって視線で話しかけた。



『要約してください。』











万事屋ビスタ No.8












何事にも慣れというものは大事である。

何回も経験することによってそれ程動揺も見せずにスムーズに事を進めれるようになるし、何より心が強くなる。
漫才とかが良い例で、一度やったネタというものは何回も使えるものではない。
舞台慣れすればトチることも少なくなる。


アレだ。
基本、荒療治だが苦手なものも慣れればいける。
全然問題ない。
李絳攸の女嫌いも、まぁ例外ではなく慣れれば何とかなるんじゃない?


―――なんて、黎深様に吹き込みやがったという兄上殿に苦情を申し立てたい。


(なんてことを―――ッ)



紅黎深は基本的に李絳攸には(ぱっと見)無関心である。
たぶん何も言わずにいればそのまま放っておくだろうことはまず間違いない。

しかし、である。

しかし、彼は兄上一家にだけは弱かった。
というかベッタベタの兄上至上主義だった。
兄上の言葉は天の声とでも謂うかのように聞き、

「絳攸殿に親しい女人ができたんだってね?これで女人嫌いも治るといいんだけど…」

と兄上が言えばそのよくわからん思考回路によって発展・改悪・解釈し、己が兄上に誉めてもらいたいがために行動する。
もちろん周りの迷惑省みず。

最終的には八割方そのズレた行動について大好きな兄上に叱られるのだが、残りの二割を目指して彼は突っ走る。脇目もふらずに突っ走る。
突っ走って、今回は何の因果かにお鉢が廻ってきたようなのだ。いらん。心底いらん。

はぁ、とは溜め息を吐いた。

そりゃ、子供ができるまでに至れば、
絳攸の女人嫌いというものも治ったも同然ということにはなるだろう。


「作るなら男ではなく女だ。秀麗のような、いや、秀麗には足元にも及ばんだろうが…なにしろ、秀麗のあの可愛らしさと言ったら…!」


うんたらかんたら。

語り出した黎深は放っておいて、と絳攸は2人して目線を合わせ、
同時に額に手を当てて、同時に溜め息を吐いた。
(通りかかった侍女が「息ぴったりで仲睦まじいこと。おほほほほ」などと微笑んでいたのは当の2人にとってはまっこと傍迷惑なことだ。)


突飛だ。突飛過ぎる。

どうして「みんなと仲良くなれればいいのにね」的発言でそこまで飛躍するのか。
(紅黎深だから、としか言いようがない)

駄目だ。この人の思考回路には天地がひっくり返ったって付いていけない。

と、同じような思考が頭をよぎった2人は強ち気が合わないわけでもない。
だがそれは飽くまでも恋愛的要素ではなく、友情的要素だ。
云ってみれば戦友的な。



「・・・悪い」



と絳攸がに向かってアイコンタクト。
それに続いて友はフルフルと力なく首を振った。


「いいです。なんかもう逃げられないっぽいんで。」

「・・・・・・。」


沈黙は肯定ととっても差し障りない。
は決心したかのようにもう一つ大きな溜め息わ吐いた。


「この仕事、絳攸さん付きの侍女として、承りましょう?」


それがの出した譲歩で、黎深にとっても譲歩。




この選択がにとって、また、絳攸にとって吉と出るか凶とでるかは―――まだ誰にもわからない。









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2008/6/4
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