月に叢雲 花に風
act.7
「。」
誰の、声だろう。
「?」
聞き覚えのある、懐かしい声。
「は変わっているな。」
そう言って何故か嬉しそうに笑った声の主。
「、今日は何をして遊ぶのだ?」
「こら、あまりを困らせてはいけないよ。」
いつの間にか声の主は2人になって。
「「」」
2人で嬉しそうに自分の名前を呼んでくれた。
そんな彼らが大好きだった。
父よりも、母よりも、兄達よりも一緒にいた彼ら。
誰にも信じてもらえなくたって、たくさんの時を彼らと過ごした。
たくさん言葉を交わして、たくさんの思い出を作った。
・・・でも、その彼らが、何処の誰であったのか、それが誰の声であったのか、
思い出せない 。
記憶に、靄がかかったようで。
月に叢雲 花に風
act.7
チュンチュン
と鳴く小鳥の囀りでその日は目を覚ました。
いつもより早めの時間に起きてしまったからかすぐには頭までは起きてはくれない。
ぼーっと窓の外の光景を眺めて、「ああ、今日は不思議な夢を見た。」なんて回らない頭で先ほどの夢の記憶を掘り返す。
夢。
変な、夢。
だいたい、日中ずっと兄たちに遊ばれていた自分が一体どうして他の人と過ごせ るというのか。
全くもって不可解な自分の夢に首を傾げる。
夢というものはその者の心的状況、または願望からくるものだ、というのを聞いたことがあるが・・・あれか、兄貴達に遊ばれ過ぎて、もうちょっとほんわかした幼少期を送りたかったんだ!!というせめてもの反抗か。
自分の幼稚な思考にはぁ、と溜め息を吐く。
・・・でも、何故だか懐かしい感じがしたのはどうしてだろう?
そんなはずはないのに。
バカみたいだ。
疑問ばかりが頭に浮かぶ。
少し回ってきた頭で外の光景をやっとのこと認識した瞬間、今まで寝ぼけていた頭が、飛び起きた。
目を見開き目前の状況を確認する。
自分のもしかして、が明らかビンゴだったことに知らず眉間を寄せて、寝起きの上にひょいと普段着の上着だけを羽織るようにしてかけ、窓枠に足を掛けて外へと飛び出た。
行儀が悪いということは充分に承知の上だが、事は急を急ぐので致し方ない。
これが最短ルートだ。
今日はおじいはあのまま帰って来ないみたいだったから、そんなこと気にする奴もいない。
よし、問題なし!!
「おい、大丈夫か!?」
急いでソレが転がっている所まで駆け寄り、声をかけた。
自室として使っている室からちょうど正面になる位置に転がっていたソレは人間であった。
室から見ると何か水色っぽいモノが降り積もった木の葉の上に盛り上がっているようにしか見えなかったが、よくよく見ればその水色が服で、それに包まれている人間特有の肌色が見える。
間違いなく、人だ。
焦って、彼の側に駆け寄ったが、気を失っているらしく、話しかけても一向に返事がない。
ゴロリとソレを仰向け にして手をとり、脈を診ると確かにまだトクトクと血が通っているのが解かる。
まだ、生きている。
よかった、と胸を撫でおろすのもそこそこに急いで彼を背負い、家の中へと入れる。
先ほどまで自分が使っていた布団に寝かし、寒くないようにとあと数枚か掛け布団を増やしてやった。
まだ冬にはなっていないものの、秋の空だって寒いものは寒い。
一晩中ずっと外に居たのかソレの、彼の体はとことん冷え切っていた。
しばらく彼の整った顔を眺めた後、よいしょ、と立ち上がる。
「・・・何か、作るかな。」
とりあえず、起きた時のために何か体の温まる物でも作っておいてやろう。
―――やばい。
うっすらと意識を浮上させ、重かった目蓋をゆっくりと開けた彼はまずそう思った。
あれは昨日の夕刻のこと。
仕事の終わりに邸へと帰ろうとしたのだが、ちょっとした不都合によって車を出せなくなり、仕方がないので歩いて帰るか、ということになった。
養い親でもある上司に頼ろうにも彼はいつも通り、仕事が残っているというのに定時には帰ってしまったので頼れないし(というか今日はよく仕事が一応でも片付いたものだ。奇跡だ)、傾く夕日の橙色を見ていたらなんとなく「偶には歩いて帰るのもいいかもしれない。」と思ったからだ。
そう、思ったのが、悪かった。
んだなぁ、と、今更ながらに思う。
後悔先に立たず、か。偶には例外があってもいいのに。身を持って知りたくはなかったのに。
歩いて行くうちにいつの間にか周りの景色は見慣れないものに変わり、いつの間にか視界に飛び込んでくるものは緑の木々たちばかりになった。
・・・・・・・・っ!!?
これはさすがにヤバい、と恥を捨てて道を聞こうにも辺りには誰も、人っ子一人いない上に、どんどん辺りは暗くなっていく。
何か、獣かなにかが遠吠えを繰り返す中、それでも必死に闇雲に歩いてやっと見つけた小屋のような簡素な建物の前で、気を失った。
の、を、覚えている。
ということはこの見慣れない天井はあの小屋のものなのか。
―――はたまたあの世のものなのか。
そんなことを思案しているとグーッと腹の虫がなった。
「あの世でも腹は空くのだろうか。」なんて至極くだらないことを考える。
人間というものは意識するとどんどんそちらへ思考が傾くという全くもって有り難くない性質をしているもので。
空きっ腹を抑えてしばらくその場にいると「そういえば先程から良い香りがする。」と思う。
ゆっくりと起き上がり、暖かかった布団から抜け出して、フラフラとその香りがする方向へと向かった。
誰か、人がいるだろうと思って。
香りをたどっていくと、調理場のような室に行き着いた。
そこには1人、思った通り人がいた。
陽光差し込む暖かそうなその屋。
漆黒の髪を煌かせながらテキパキと動き、その細い指でモノを作り上げていくその姿は、何故か、絵になった。
ふと、こちらの存在に気付いたかのようにその人物が振り返る。
「あれ、起きた?どっか調子悪くなってたりしない?」
言葉発さないから誰かと思っちゃったじゃん。と綺麗な顔でニコリとその人物は笑った。
まだ若干幼さの残るその笑顔に、何故か自分らしくもなくドキッとしてしまった 。
彼か彼女かは解らないがたぶん彼女の方だろう。
どこか、光に輝く彼女の笑顔は天女のような気品を感じ、とても美しかった。
それは、この世のなにものとも比べられないと思うほどに。
何が何だか解からないままに言われるがままに薦められた椅子に腰を降ろす。
「食べれないものとかわかんなかったから適当に作ったんだけど・・・ま、どっ ちにしろ体は温まるだろーから食べて。」
好き嫌いはこの際禁止ってことで。
悪戯めいた顔をしながら彼女はコトンと卓子に碗を一つ置く。
碗からは温かそうにほんわりと湯気がたっている。
確かに食べれば体も温まるだろう。
「・・・遠慮しないで、食べていーぞ?」
こちらが手をつけないのを不思議に思ったのか、小首を傾げる目の前の彼女。
「って言っても、高価なものは入ってないけどね。薬草とかはちょこっと入ってるけど・・・ああ、大丈夫、ちゃんと食えるやつだから。この期に及んで毒のあるやつとなんて間違えないよ。今更間違えたらおじいにど突かれる。」
口の端を上げて笑う彼女に面食らう。
―――なんなら、食わしてやろうか?
意地悪く笑って、箸を手にしようとする彼女に慌てて箸を取った。
暖かい。
心も、身体も。
何故だか、そう思った。
2006/12/16
書き直し 2008/8/6
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